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葉隠 / 聞書第一

山本神右衞門、常に申し候。詞數ヶ條書留め候内。一、一方見れば八方見る。一、すら笑する者は、男はすくたれ、女はへらはる。一、口上又は物語などにても、物を申し候時は、向ふの目と見合ひて申すべし。くるぶきて申すは不用心なり。一、袴の下に手を入るゝこと不用心なり。一、草紙書物を取扱ひ候へば、卽ち燒き捨て申され候。書物見るは公卿の役、中野一門は樫木握つて武邊する役と申され候。一、組附かず、馬持たぬ侍は侍にてなし。一、曲者は賴もしき者。一、朝は七ツに起き行水、日さかやき、内は犬の皮、外は虎の皮。一、士は喰はねども空楊枝。食は日の出に食べ、暮より休み申され候。

新字:山本神右衞門、常に申し候。詞数ヶ条書留め候内。一、一方見れば八方見る。一、すら笑する者は、男はすくたれ、女はへらはる。一、口上又は物語などにても、物を申し候時は、向ふの目と見合ひて申すべし。くるぶきて申すは不用心なり。一、袴の下に手を入るゝこと不用心なり。一、草紙書物を取扱ひ候へば、即ち焼き捨て申され候。書物見るは公卿の役、中野一門は樫木握つて武辺する役と申され候。一、組附かず、馬持たぬ侍は侍にてなし。一、曲者は頼もしき者。一、朝は七ツに起き行水、日さかやき、内は犬の皮、外は虎の皮。一、士は喰はねども空楊枝。食は日の出に食べ、暮より休み申され候。

書き下し

山本神右衛門(じんえもん)、常に申し候。詞(ことば)数ヶ条書き留め候うち。一、一方見れば八方見る。一、すら笑(わら)いする者は、男はすくたれ、女はへらはる(浮つく)。一、口上または物語などにても、物を申し候時は、向うの目と見合いて申すべし。くるぶきて(うつむいて)申すは不用心なり。一、袴(はかま)の下に手を入るること不用心なり。一、草紙書物を取り扱い候えば、すなわち焼き捨て申され候。書物見るは公卿(くげ)の役、中野一門は樫木(かしき)握って武辺(ぶへん)する役と申され候。一、組附かず、馬持たぬ侍は侍にてなし。一、曲者(くせもの)は頼もしき者。一、朝は七ツに起き行水、日さかやき(月代)、内は犬の皮、外は虎の皮。一、士(さむらい)は喰わねども空楊枝(そらようじ)。食は日の出に食べ、暮より休み申され候。

現代語訳

山本神右衛門が常々語っていた言葉を、いくつか書き留めたものである。――一つ、一方を見るときは八方に気を配れ。一つ、へらへら薄笑いする者は、男なら腰抜け、女なら浮ついている。一つ、口上でも世間話でも、物を言うときは相手の目を見て言え。うつむいて話すのは油断がある。一つ、袴の下に手を入れるのは不用心だ。一つ、書物を手に取れば読んだ後すぐ焼き捨てた。書物を読むのは公卿の役目、中野一門は樫の木刀を握って武を修める役目だと言われた。一つ、寄騎の組にも属さず馬も持たぬ侍は侍とはいえない。一つ、曲者(気骨のある強者)こそ頼もしい者だ。一つ、朝は七ツ(午前四時頃)に起きて行水し月代を剃れ。内では犬の皮のように従順に、外では虎の皮のように猛くあれ。一つ、侍は食えなくとも食べたふりに楊枝をくわえよ。食事は日の出にとり、日暮れとともに休んだ。

解説

著者の父・山本神右衛門が日頃語った箴言を書き留めた一条です。「一方を見れば八方を見る」という周囲への油断なき目配り、相手の目を見て話す誠実さ、薄笑いを腰抜けと退ける気概など、武士の日常の心得が並びます。とりわけ「内は犬の皮、外は虎の皮」――家では従順に、外では猛々しく――や、貧しくとも痩せ我慢を通す「武士は食わねど高楊枝」は、外に弱みを見せぬ矜持を示します。断片的な格言集ですが、覚悟や礼節を生活の細部に落とし込む『葉隠』の実践性がよく表れています。現代でも、油断のない観察力や、相手と目を合わせる誠実さは、そのまま通用する処世の知恵でしょう。

この章句が説くこと

油断なき観察日常の心得矜持痩せ我慢誠実な所作気骨

この一句を、あなたの毎日に。

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