葉隠 / 聞書第一
中道は物の至極なれども、武邊は、平生にも人に乗越えたる心にてなくてはなるまじく候。弓指南に、左右する時、ろくのかねに合ふなり。軍陣にて、武功の人に乗越ゆべしと心掛け、右高になりたがるゆゑ、右低に射させ、强敵を討取るべしと、晝夜望みを掛くれば、心猛く草臥もなく、武勇を顯す由。老士の物語なり。平生にも、この心得あるべきなり。
新字:中道は物の至極なれども、武辺は、平生にも人に乗越えたる心にてなくてはなるまじく候。弓指南に、左右する時、ろくのかねに合ふなり。軍陣にて、武功の人に乗越ゆべしと心掛け、右高になりたがるゆゑ、右低に射させ、强敵を討取るべしと、昼夜望みを掛くれば、心猛く草臥もなく、武勇を顕す由。老士の物語なり。平生にも、この心得あるべきなり。
書き下し
中道(ちゅうどう)は物の至極(しごく)なれども、武辺(ぶへん)は、平生(へいぜい)にも人に乗り越えたる心にてなくてはなるまじく候。弓指南(ゆみしなん)に、左右(さゆう)する時、ろく(水平)のかねに合うなり。軍陣にて、武功の人に乗り越ゆべしと心掛け、右高(みぎだか)になりたがるゆえ、右低(みぎひく)に射させ、強敵(ごうてき)を討ち取るべしと、昼夜(ちゅうや)望みを掛くれば、心猛(たけ)く草臥(くたび)れもなく、武勇を顕(あらわ)す由。老士(ろうし)の物語なり。平生にも、この心得あるべきなり。
現代語訳
中庸こそ物事の究極ではあるが、武辺の道においては、日頃から人を一歩越えていこうという心がなくてはならない。弓の指南で、左右のつり合いをとるときには水平の基準に合わせる。だが戦場では、武功の人を乗り越えようと志すと、つい弓の右側を高く構えたがるので、あえて右を低く構えさせて調整し、強敵を討ち取ろうと昼夜に望みを掛け続ければ、心は猛々しく疲れも知らず、武勇を発揮できるという。これは老いた武士の語った話である。平時にも、この心構えを持つべきである。
解説
中庸を理想としつつも、武の道ではあえて人より一歩抜きん出ようとする気概が要る、と説いた一節です。弓の指南のたとえが興味深く、勝ちたい一心で右を高く構えたがる癖を、あえて右を低く構えさせて正すといいます。つまり強い向上心はときに構えを狂わせるので、修練で御しながら保て、というのです。強敵を討とうと昼夜望みを掛け続ければ心は勇み、疲れも知らないとされます。『葉隠』は死を見据える一方で、こうした前向きな闘志も重んじました。現代でも、平常心やバランスは大切ですが、それだけでは人は伸びません。人に負けまいという健全な向上心を、暴走させず技術で御しながら日頃から保つ。その両立の知恵を、老武士の語りとして伝えています。
この章句が説くこと
向上心中庸との両立闘志平常心抜きん出る気概修練による調整
関連する章句
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葉隠・聞書第一一門同組(いちもんどうぐみ)に介錯(かいしゃく)・捕物(とりもの)などと武士道にかかりたる事ある時、我に続く者なきやうに、平生(へいぜい)覚悟して置けば、自然(しぜん)の時、人の目にもかかるものなり。常に、武勇の人に乗り越えんと心掛け、何某(なにがし)に劣るまじと思ひて、勇気を修すべきなり。
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