葉隠 / 聞書第一
武士は何時も勇み進みて物に勝ち浮ぶ心がないと用に立たぬなり。人の難に逢うたる折、見舞に行きて一言が大事のものなり。その人の胸中が知る〳〵ものなり。兎角武士はしほたれ、草臥る〳〵は疵なり。勇み進みて、物に勝ち浮ぶ心にてなければ、用に立たざるなり。人をも引立つる事これあるなり。
書き下し
武士はいつも勇み進みて、物に勝ち浮かぶ心がないと用に立たぬなり。人の難(なん)に逢うたる折、見舞(みまい)に行きて一言(ひとこと)が大事のものなり。その人の胸中(きょうちゅう)が知るる知るるものなり。とかく武士はしおたれ、草臥(くたび)るる草臥るるは疵(きず)なり。勇み進みて、物に勝ち浮かぶ心にてなければ、用に立たざるなり。人をも引き立つる事これあるなり。
現代語訳
武士はいつでも勢いよく前へ進み、事に負けず浮き立つような心がなければ役に立たない。人が困難に見舞われたとき、見舞いに行って掛ける一言が大切なのだ。その一言に、その人の心の内がおのずと表れる。とかく武士が、しおれてくたびれた様子でいるのは欠点である。勇んで進み、物事に打ち勝って浮き立つ心がなければ役に立たない。そういう心構えは、他人をも奮い立たせるものである。
解説
武士に求められる気位の高さ、前向きな覇気を説いた一節です。困難に沈む人を見舞うとき、掛ける一言にその人の器量が表れる、という指摘が印象的です。しおれてくたびれた様子は武士の疵だとし、逆境でこそ気を張って浮き立つ心を保てと促します。『葉隠』は死を見据えて生きる書ですが、それは陰気に沈むことではなく、むしろ迷いを断って明るく前へ進む活力につながるものとして語られます。現代でも、リーダーや周囲を支える立場の人が沈んでいれば、その空気は伝わってしまう。苦しいときこそ気を張り、一言の掛け方や姿勢で人を引き立てられる、という視点は、職場でも家庭でも通じるでしょう。
この章句が説くこと
覇気前向きな心逆境の姿勢気位人を引き立てる一言の重み