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葉隠 / 聞書第一

槍遣ひ何某、末期に一の弟子を呼び、遺言致し候は、「一流奧義、少しも殘らず相傳へ候上は、今更申置くべき事なし。若し弟子を取るべくと存じ候はゞ、毎日竹刀を手馴らすべし。勝負合ひの事は格別なり。」と申し候由。又連歌師の傳授にも、會席の前日より心を靜め、歌書を見るべき由なり。一事三昧の所なり。面々の家職三昧に有るべき事なり。

新字:槍遣ひ何某、末期に一の弟子を呼び、遺言致し候は、「一流奥義、少しも残らず相伝へ候上は、今更申置くべき事なし。若し弟子を取るべくと存じ候はゞ、毎日竹刀を手馴らすべし。勝負合ひの事は格別なり。」と申し候由。又連歌師の伝授にも、会席の前日より心を静め、歌書を見るべき由なり。一事三昧の所なり。面々の家職三昧に有るべき事なり。

書き下し

槍遣(やりつか)い何某(なにがし)、末期(まつご)に一(いち)の弟子を呼び、遺言(ゆいごん)致し候は、「一流の奥義(おうぎ)、少しも残らず相伝(あいつた)え候上は、今更申し置くべき事なし。若し弟子を取るべくと存じ候わば、毎日竹刀(しない)を手馴(てな)らすべし。勝負合いの事は格別なり。」と申し候由。又連歌師(れんがし)の伝授にも、会席の前日より心を静め、歌書(かしょ)を見るべき由なり。一事三昧(いちじざんまい)の所なり。面々(めんめん)の家職(かしょく)三昧に有るべき事なり。

現代語訳

ある槍の達人が臨終の際、一番弟子を呼んで遺言した。「一流の奥義はすべて残らず伝えたので、今さら言い残すことはない。ただ、もし人に教える立場に立とうと思うなら、毎日竹刀を手に取って稽古を欠かすな。実際の勝負のことはまた別の話だが。」と。また連歌の師の伝授でも、会席の前日から心を静め、歌の書を読んでおくべきだという。これはひとつの事に打ち込む「一事三昧」の境地である。誰もが自分の職分に、こうして三昧に打ち込むべきなのだ。

解説

一つの道を究めた達人が、その最後に説いたのは奥義の秘伝ではなく、毎日の稽古を絶やすなという当たり前の教えでした。連歌の師もまた、会席の前日から心を静めて備えるといいます。ここに共通するのは「一事三昧」、つまり一つの事にひたむきに打ち込む姿勢です。『葉隠』は、達人であっても日々の鍛錬を欠けば技は鈍ると見ており、非凡は平凡な継続の上にしか立たないことを示します。そして、この心得は武芸に限らず、誰もが自分の職分に対して持つべきものだと結ばれます。現代でも、基本の反復と日々の備えを続けられるかどうかが、一流と二流を分けます。奥義よりも継続を、と説くこの言葉は、あらゆる仕事に通じる普遍の教えでしょう。

この章句が説くこと

一事三昧日々の稽古継続の力家職への打ち込み基本の反復事前の備え

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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