葉隠 / 聞書第一
若年の時の御守が、御家の樣子、御先祖樣御心入など、篤と御合點遊ばされ候樣に仕り度き事に付て、其の時分に、殿の御心入をよく仕直し、御誤なき樣に仕る人が大忠節にて候。御守が大事にて候。
新字:若年の時の御守が、御家の様子、御先祖様御心入など、篤と御合点遊ばされ候様に仕り度き事に付て、其の時分に、殿の御心入をよく仕直し、御誤なき様に仕る人が大忠節にて候。御守が大事にて候。
書き下し
若年の時の御守が、御家(おいえ)の様子、御先祖様(ごせんぞさま)御心入(おこころい)れなど、篤(とく)と御合点(ごがってん)遊ばされ候様に仕(つかまつ)りたき事に付きて、その時分(じぶん)に、殿の御心入れをよく仕(し)直し、御誤なき様に仕る人が大忠節にて候。御守が大事にて候。
現代語訳
主君の過ちを正すのが大きな忠節であり、そのためには幼少の頃のお守り役(養育)が大切である。幼少の頃の養育役が、お家のありさまやご先祖様のお心づかいなどを、殿にしっかりと合点していただけるようにしたいものだ。その時期に、殿の心のありようをよく直し、過ちのないように育てる人こそ、大きな忠節である。だから、お守り役(養育)が大事なのだ。
解説
主君の過ちを正すことを最大の忠節とし、そのために幼少期の養育(お守り役)が要だと説く一条です。主君が成長してから過ちを諫めるのは難しいので、幼いうちに家の由来や先祖の心づかいを深く理解させ、心の土台を整えておくべきだ、というのです。忠節を単なる服従ではなく、主君をよりよい人物に育てることと捉える点が特徴的です。人の器は幼い時期の教育で大きく左右されるという洞察でもあります。現代でも、リーダーや後継者を育てる際、地位についてからの矯正は難しく、早い段階での価値観や基礎づくりが決定的です。組織の理念や来歴を若いうちに深く共有することは、後の大きな過ちを防ぐ土台になるでしょう。
この章句が説くこと
忠節主君を育てる幼少期の教育土台づくり諫める後継者育成
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史記 伯夷列伝夫れ学ぶ者には載籍(書籍)極めて博きも、猶ほ信を六芸に考ふべし。詩・書は缺くると雖も、然れども虞・夏の文は知る可きなり。尭の将に位を遜らんとするや、虞舜に譲り、舜・禹の間は、岳牧咸な薦めて、乃ち之を位に試み、職を典ること数十年、功用既に興り、然る後に政を授く。天下は重器たる、王者の大統たる、天下を伝ふるの斯くの如く之れ難きを示せるなり。而るに説く者は曰く、尭、天下を許由に譲るも、許由は受けず、之を恥ぢて逃げ隠る。夏の時に及びて、卞随・務光なる者有り。此れ何を以てか称す。太史公曰く、余、箕山に登りしに、其の上に蓋し許由の冢有り、と云ふ。孔子、古の仁聖賢人を序列して、呉の太伯・伯夷の倫の如きは詳らかにす。余以へらく、聞く所の由・光の義は至高なるに、其の文辞の少しくも概見せざるは、何ぞや。
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