葉隠 / 聞書第一
時宜の二字をグテとよませ候。伊達する心にてなければ、時宜はならずとなり。
書き下し
時宜の二字を「グテ」と読ませ候。伊達する心にてなければ、時宜はならずとなり。
現代語訳
思い切って気前のよさを見せ、颯爽(さっそう)と振る舞う心構えでなければ、その場にうまく適(かな)わないことがある。「時宜」の二字を「グテ」と読ませる。派手やかに振る舞う気概がなければ、その場にふさわしい対応はできないというのだ。
解説
場にふさわしく振る舞うには、思い切った気前のよさや華やぎが要る、と説く一条です。「時宜(グテ)」すなわちその場に適った対応は、萎縮した控えめな態度からは生まれず、颯爽と気前よく振る舞う心構えがあってこそ叶う、と常朝は言います。ここでの「伊達」は単なる見栄ではなく、場を明るくし人を動かす積極的な気位(きぐらい)を指します。葉隠はしばしば地味な自制を説きますが、一方で場に応じて堂々と華を見せる度量も武士の器量とみなしました。現代でも、遠慮ばかりでは場が縮こまり、機を逃すことがあります。ここぞという場面では思い切りよく前に出て、明るく振る舞う。萎縮を捨てた気前のよさが、その場を生かすという教えです。
この章句が説くこと
気前華やぎ場に適う積極性気位思い切り
関連する章句
-
人物志・接識故に一流の人は、能く一流の善を識る。二流の人は、能く二流の美を識る。
-
歎異抄・第十二条たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
-
論語・子路篇子曰く、君子は事え易くして説ばせ難きなり。之を説ばすに道を以てせざれば、説ばざるなり。其の人を使うに及びてや、之を器にす。小人は事え難くして説ばせ易きなり。之を説ばすに道を以てせずと雖も、説ぶなり。其の人を使うに及びてや、備わらんことを求む。
-
説苑・臣術楚の令尹死す。景公成公幹に遇いて曰く、「令尹将た焉くにか帰せん」と。成公幹曰く、「殆ど屈春に於いてか」と。景公怒りて曰く、「国人以て我に帰すと為す」と。成公幹曰く、「子の資少なく、屈春の資多し。子義天下の至憂を獲て、而れども以て友と為す。鳴鶴と芻狗と、其の知甚だ少なきも、而れども子之を玩ぶ。鴟夷子皮日に屈春に侍し、損頗友と為る。二人の智、以て令尹と為るに足るも、敢えて其の智を専らにせずして之を屈春に委ぬ。故に曰く、政其れ屈春に帰せんかと」と。
-
説苑・善說子路孔子に問いて曰く、「管仲は何如なる人ぞや。」子曰く、「大人なり。」子路曰く、「昔者管子襄公に說くも、襄公說ばず、是れ辯ならざるなり。公子糾を立てんと欲するも能わず、是れ能無きなり。家齊に殘わるるも憂色無し、是れ慈ならざるなり。桎梏せられて檻車の中に居るも慚色無し、是れ愧無きなり。射る所の君に事う、是れ貞ならざるなり。召忽之に死すれども、管仲死せず、是れ仁無きなり。夫子何を以て之を大とするか。」子曰く、「管仲襄公に說くも、襄公說ばず、管仲辯ならざるに非ず、襄公說ぶを知らざるなり。公子糾を立てんと欲するも能わざるは、能無きに非ず、時に遇わざるなり。家齊に殘わるるも憂色無きは、慈ならざるに非ず、命を知るなり。桎梏せられ檻車に居りて慚色無きは、愧無きに非ず、自ら裁するなり。射る所の君に事うるは、貞ならざるに非ず、權を知るなり。召忽之に死すれども、管仲死せざるは、仁無きに非ず。召忽なる者は、人臣の材なり、死せずんば則ち三軍の虜なり。之に死すれば則ち名天下に聞こゆ、夫れ何為れぞ死せざらんや。管仲なる者は、天子の佐、諸侯の相なり。之に死すれば則ち溝中の瘠と爲るを免れず、死せずんば則ち功復た天下に用いらる、夫れ何爲れぞ之に死せんや。由よ、汝知らざるなり。」
-
葉隠・聞書第一役所などにて分けて取り込み居り候ところに、無心(むしん)に何かと用事など申す人これあり。時、多分(たぶん)取り合い悪しく立腹(りっぷく)などする者あり。分けて宜(よろ)しからざる事なり。左様(さよう)の時ほど押しづめ、よき様に取り合い仕(つかまつ)るべき事、侍の作法なり。