孟子 / 萬章章句下
萬章曰:「敢問交際何心也?」孟子曰:「恭也。」曰:「卻之卻之為不恭,何哉?」曰:「尊者賜之,曰:『其所取之者,義乎不義乎?』而後受之,以是為不恭,故弗卻也。」曰:「請無以辭卻之,以心卻之,曰:『其取諸民之不義也。』而以他辭無受,不可乎?」曰:「其交也以道,其接也以禮,斯孔子受之矣。」萬章曰:「今有御人於國門之外者,其交也以道,其饋也以禮,斯可受御與?」曰:「不可。《康誥》曰:『殺越人于貨,閔不畏死,凡民罔不譈』是不待教而誅者也。殷受夏,周受殷,所不辭也,於今為烈,如之何其受之?」曰:「今之諸侯取之於民也,猶御也。『茍善其禮際矣,斯君子受之』,敢問何說也?」曰:「子以為有王者作,將比今之諸侯而誅之乎?其教之不改而後誅之乎?夫謂非其有而取之者盜也,充類至義之盡也。孔子之仕於魯也,魯人獵較,孔子亦獵較。獵較猶可,而況受其賜乎?」曰:「然則孔子之仕也,非事道與?」曰:「事道也。」「事道奚獵較也?」曰:「孔子先簿正祭器,不以四方之食供簿正。」曰:「奚不去也?」曰:「為之兆也,兆足以行矣,而不行,而後去;是以未嘗有所終三年淹也。孔子有見行可之仕,有際可之仕,有公養之仕。於季桓子,見行可之仕也;於衛靈公,際可之仕也;於衛孝公,公養之仕也。」
新字:万章曰:「敢問交際何心也?」孟子曰:「恭也。」曰:「却之却之為不恭,何哉?」曰:「尊者賜之,曰:『其所取之者,義乎不義乎?』而後受之,以是為不恭,故弗却也。」曰:「請無以辞却之,以心却之,曰:『其取諸民之不義也。』而以他辞無受,不可乎?」曰:「其交也以道,其接也以礼,斯孔子受之矣。」万章曰:「今有御人於国門之外者,其交也以道,其饋也以礼,斯可受御与?」曰:「不可。《康誥》曰:『殺越人于貨,閔不畏死,凡民罔不譈』是不待教而誅者也。殷受夏,周受殷,所不辞也,於今為烈,如之何其受之?」曰:「今之諸侯取之於民也,猶御也。『苟善其礼際矣,斯君子受之』,敢問何説也?」曰:「子以為有王者作,将比今之諸侯而誅之乎?其教之不改而後誅之乎?夫謂非其有而取之者盗也,充類至義之尽也。孔子之仕於魯也,魯人猟較,孔子亦猟較。猟較猶可,而況受其賜乎?」曰:「然則孔子之仕也,非事道与?」曰:「事道也。」「事道奚猟較也?」曰:「孔子先簿正祭器,不以四方之食供簿正。」曰:「奚不去也?」曰:「為之兆也,兆足以行矣,而不行,而後去;是以未嘗有所終三年淹也。孔子有見行可之仕,有際可之仕,有公養之仕。於季桓子,見行可之仕也;於衛霊公,際可之仕也;於衛孝公,公養之仕也。」
書き下し
万章曰く、「敢へて問ふ、交際は何の心ぞや。」孟子曰く、「恭なり。」曰く、「之を卻け之を卻くるを不恭と為すは、何ぞや。」曰く、「尊者之を賜ふに、『其の之を取る所の者は、義か不義か。』と曰ひて、而る後に之を受くるは、是を以て不恭と為す、故に卻けざるなり。」曰く、「請ふ辞を以て之を卻くること無く、心を以て之を卻け、『其の諸を民に取るは不義なり。』と曰ひて、他辞を以て受くること無きは、不可なるか。」曰く、「其の交はるや道を以てし、其の接するや礼を以てすれば、斯ち孔子も之を受けたり。」万章曰く、「今人を国門の外に御ぐ者有り、其の交はるや道を以てし、其の饋るや礼を以てせば、斯ち御を受くべきか。」曰く、「不可なり。康誥に曰く、『人を貨に殺越し、閔として死を畏れざるは、凡そ民譈まざる罔し。』と。是れ教ふるを待たずして誅する者なり。殷は夏に受け、周は殷に受け、辞せざる所なり、今に於いて烈しと為す、之を如何ぞ其れ之を受けん。」曰く、「今の諸侯の之を民に取るや、猶ほ御のごときなり。『苟くも其の礼際を善くせば、斯ち君子之を受く』とは、敢へて問ふ何の説ぞや。」曰く、「子以為へらく王者作る有らば、将に今の諸侯を比べて之を誅せんとするか。其れ之を教へて改めずして而る後に之を誅せんとするか。夫れ其の有に非ずして之を取る者を盗と謂ふは、類を充てて義の尽くるに至るなり。孔子の魯に仕ふるや、魯人猟較す、孔子も亦た猟較す。猟較すら猶ほ可なり、而るを況や其の賜を受くるをや。」曰く、「然らば則ち孔子の仕ふるや、道を事とするに非ざるか。」曰く、「道を事とするなり。」「道を事として奚ぞ猟較するや。」曰く、「孔子先づ簿もて祭器を正し、四方の食を以て簿正に供せず。」曰く、「奚ぞ去らざるや。」曰く、「之が兆を為すなり、兆以て行ふに足れども、而も行はれず、而る後に去る。是を以て未だ嘗て終はる所三年淹まること有らざるなり。孔子に行ふべきを見るの仕有り、際すべきの仕有り、公養の仕有り。季桓子に於けるは、行ふべきを見るの仕なり。衛の霊公に於けるは、際すべきの仕なり。衛の孝公に於けるは、公養の仕なり。」
現代語訳
万章が言った。「おうかがいしたいが、人と交際し贈り物をやりとりするときは、どんな心でいるべきか。」孟子は言った。「恭しくあることである。」万章が言った。「贈り物を何度も断るのは不恭だとされるのは、なぜか。」孟子は言った。「目上の人が贈ってくれたのに、『これを手に入れた方法は義にかなっているか、いないか』と考えてから受け取るのは、不恭とされる。だから断らないのである。」万章が言った。「言葉で断るのではなく、心の中で拒み、『これは民から不義に取り立てたものだ』と思って、別の口実を設けて受け取らないのは、いけないのか。」孟子は言った。「相手が道にかなった交わり方をし、礼にかなった接し方をするなら、孔子でも受け取った。」万章が言った。「今、城門の外で人を襲って物を奪う者がいて、その者が道にかなった交わり方をし、礼にかなった贈り方をするなら、その奪った物を受け取ってよいのか。」孟子は言った。「いけない。『書経』康誥篇に『財貨のために人を殺して倒し、平然として死を恐れない者は、民に憎まれない者はいない』とある。これは教え諭すまでもなく誅すべき者である。この法は殷が夏から受け継ぎ、周が殷から受け継いで、言い訳の余地のないものであり、今もいよいよ厳しく行われている。どうしてその贈り物を受け取れようか。」万章が言った。「今の諸侯が民から取り立てているのは、強盗が奪うのと同じようなものである。それなのに『もし礼をもって交際するなら、君子はそれを受ける』とおっしゃるのは、どういう理屈か。」孟子は言った。「あなたは、もし王者が現れたら、今の諸侯をすべて並べて誅すると思うか。それとも教え諭して改めない者だけを誅すると思うか。そもそも自分のものでないものを取る者を盗人と呼ぶのは、同類のものを押し広げて義の極限までつきつめた言い方である。孔子が魯で仕えていたとき、魯の人々は猟の獲物を奪い合う猟較(りょうこう)という風習を行っていたが、孔子も猟較に加わった。猟較でさえよいのだから、まして賜り物を受け取るのはなおさらである。」万章が言った。「それでは孔子が仕えたのは、道を行うためではなかったのか。」孟子は言った。「道を行うためであった。」「道を行うためなのに、どうして猟較に加わったのか。」孟子は言った。「孔子はまず帳簿によって祭器を正しく定め、四方から集めた珍しい食物をその祭器に供えないようにした(こうして猟較の風習を自然にすたれさせようとした)。」万章が言った。「どうして(道が行われないなら)去らなかったのか。」孟子は言った。「まず手始めのきっかけを作ってみたのである。そのきっかけで道が行えるはずなのに、それでも行われなければ、そこで去った。だから孔子は、一つの国に三年とどまり続けたことがなかったのである。孔子には、道が行えそうだと見て仕える場合、礼をもって遇されて仕える場合、君主が賢者を養うのに応じて仕える場合があった。季桓子(きかんし、魯の大夫)のもとでは道が行えそうだと見て仕え、衛の霊公のもとでは礼をもって遇されて仕え、衛の孝公のもとでは賢者として養われて仕えたのである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『弁名』義人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。
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『弁名』義義も亦た先王の立つる所、道の名なり。蓋し先王の礼を立つる、其の教為ること亦た周きかな。然れども礼は一定の体有りて、天下の事は窮まり無し。故に又義を立つ。伝に曰く、「詩書は義の府なり。礼楽は之が則なり」と。礼楽は相須ち、楽は未だ礼を離れて孤行する者有らず。故に曰く、「礼義なる者は人の大端なり」と。礼は以て心を制し、義は以て事を制す。礼は以て常を守り、義は以て変に応ず。此の二者を挙ぐれば、先王の道以て之を尽くすに庶し。故に古は多く礼義を以て対言す。是が為の故なり。
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『五常訓』巻之四・義一子曰く、君子は義以て質と為し、礼以て之を行ひ、孫以て之を出し、信以て之を成す、君子なるかな。云ふ意は君子の事を行ふは、義を以てした地とすべし。義は事を制する本なれば也。万の事を行ふに、まづ義か不義かをかへり見るべし。義にあらずんば、行ふべからず。義に合はば行ふべし。是義を以てしたぢとする也。其上は、礼を以てすべ、よく行ひ、孫を以てへりくだりて、人にたかぶらず、信を以て、始終真実に行ふべし。是君子の行なり。然れども義なければ、其事の主なし。故に礼孫信の三そなはりても、非義なれば見るに足らず。尚書に、以義制事といへるも、此意なり。
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『翁問答』下卷之末偸盗戒を義なりといへるは可なりしかれ共義は天徳の利にして、人間果断の神理天下の故に感通して天下の務をなす本なれば不盗の粗迹一いろをもて高明広大の義なりと云はみかみ山を富士山なりと云にことならず、邪婬戒を礼なりと云に似たり、しかれども礼は天徳の亨にして、人間恭敬樽節の神理天下の故に通じて、上宗廟朝廷より下民間に至まで、人倫の交、冠婚喪祭飲食軍陳等、万事の天理儀則を履をこなふ主宰なれば、不邪婬一色を礼なりと云は、一勺の水を大海なりと云が如し、
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『五常訓』巻之四・礼賢を尊ぶは義なり。人に大賢あり、小賢あり、才能ある人あり、旧識恩徳ある人あり。其内に、大小高下の品あり。是賢を尊ぶの等なり。親類の品に応じてしたしみ、大賢小賢の品によりて敬ふは、是即礼の生ずる所なり。しかれば礼は仁義を行ふに、各其品にしたがひて、程よきをいへり。
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『慎思録』巻之五生を好み死を悪むは、人心の同じく然る所なり。君上礼有りて以て臣下を率ゐれば、則ち能く欲する所生よりも甚だしき者有り、悪む所死よりも甚だしき者有らしむ。故に人皆義を守りて死するを慕ひ、不義にして生くるを恥づ。礼運に所謂、礼達して分定まる。故に人皆其の死を愛して、其の生を患ふ、といふは、此の謂なり。
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