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葉隠 / 聞書第一

生附によりて、卽座に智慧の出づる人もあり、退いて枕をわりて案じ出す人もあり。此の本を極めて見るに、生附の高下はあれども、四誓願に押當て、私なく案ずる時、不思議の智慧も出づるなり。皆人、物を深く案ずれば、遠き事も案じ出す様に思へども、私を根にして案じ廻らし、皆邪智の働きにて惡事となる事のみなり。愚人の習ひ、私なくなること成りがたし。さりながら、事に臨んで先づ其の事を差置き、胸に四誓願を押立て、私を除きて工夫をいたさば、大はづれあるべからず。

新字:生附によりて、即座に智慧の出づる人もあり、退いて枕をわりて案じ出す人もあり。此の本を極めて見るに、生附の高下はあれども、四誓願に押当て、私なく案ずる時、不思議の智慧も出づるなり。皆人、物を深く案ずれば、遠き事も案じ出す様に思へども、私を根にして案じ廻らし、皆邪智の働きにて悪事となる事のみなり。愚人の習ひ、私なくなること成りがたし。さりながら、事に臨んで先づ其の事を差置き、胸に四誓願を押立て、私を除きて工夫をいたさば、大はづれあるべからず。

書き下し

生附(うまれつき)によりて、即座(そくざ)に智慧の出づる人もあり、退(しりぞ)いて枕をわりて案じ出す人もあり。この本(もと)を極めて見るに、生附の高下(こうげ)はあれども、四誓願(しせいがん)に押当(おしあ)て、私(わたくし)なく案ずる時、不思議の智慧も出づるなり。皆人、物を深く案ずれば、遠き事も案じ出すように思えども、私を根にして案じ廻(まわ)らし、皆邪智(じゃち)の働きにて悪事となる事のみなり。愚人(ぐにん)の習い、私なくなること成りがたし。さりながら、事に臨んでまずその事を差置(さしお)き、胸に四誓願を押立(おした)て、私を除きて工夫をいたさば、大はずれあるべからず。

現代語訳

生まれつき、その場ですぐ知恵の出る人もいれば、いったん引き下がってじっくり考え抜いて答えを出す人もいる。だがその根本を突き詰めてみると、生まれつきの優劣はあっても、四つの誓願に照らし合わせ、私心なく考えるとき、思いもよらぬ知恵が湧いてくるものだ。誰しも、深く考えれば遠い先のことまで見通せると思いがちだが、私心を土台にあれこれ考えを巡らせると、結局は邪(よこしま)な知恵の働きとなり、悪い結果になるばかりである。凡人の常として、私心を消し去るのは難しい。それでも、事に臨んだらまずその件をいったん脇に置き、胸に四誓願を立て、私心を除いて工夫すれば、大きく外すことはないはずだ。

解説

よい判断は、頭の良し悪しよりも「私心を除けるか」で決まる、と説く一条です。葉隠のいう四誓願(武士道に後れを取らぬ・主君の御用に立つ・親に孝行する・人のためになる)という揺るがぬ基準に照らし、自分の損得を差し引いて考えれば、思いがけない知恵がわく。逆に、私心を土台に知恵を巡らせると、どれほど深く考えても「邪智」となり悪い結果を招く、というのです。凡人が私心を完全に消すのは難しい。だからこそ、判断の前にいったんその件を脇に置き、確かな基準に立ち返る手順を勧めます。現代でも、迷ったときは自分の都合を一度外し、「何のためか」という原点に照らすと、筋のよい答えが見えてくる。判断の質は動機の純度で決まると教える言葉です。

この章句が説くこと

私心判断基準四誓願動機の純度邪智工夫

この一句を、あなたの毎日に。

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