葉隠 / 聞書第一
昔の事を改めて見るに、説々これあり、決定されぬ事あり。それは知れぬ分にて置きたるがよきなり。實敎卿御話に、「知れぬ事は知るゝ樣に仕たるものがあり、又自得して知るゝ事もあり、又何としても知れぬ事もあり、是が面白き事なり。」と仰せられ候。奧深き事なり。甚祕廣大の事は知れぬ筈なり。たやすく知るゝ事は淺き事なり。
新字:昔の事を改めて見るに、説々これあり、決定されぬ事あり。それは知れぬ分にて置きたるがよきなり。実教卿御話に、「知れぬ事は知るゝ様に仕たるものがあり、又自得して知るゝ事もあり、又何としても知れぬ事もあり、是が面白き事なり。」と仰せられ候。奥深き事なり。甚秘広大の事は知れぬ筈なり。たやすく知るゝ事は浅き事なり。
書き下し
昔の事を改めて見るに、説々(せつぜつ)これあり、決定(けつじょう)されぬ事あり。それは知れぬ分にて置きたるがよきなり。実教卿(じっきょうきょう)御話に、「知れぬ事は知るゝ様に仕たるものがあり、又自得(じとく)して知るゝ事もあり、又何としても知れぬ事もあり、是が面白き事なり。」と仰せられ候。奥深き事なり。甚祕(じんぴ)広大の事は知れぬ筈なり。たやすく知るゝ事は浅き事なり。
現代語訳
昔のことを改めて調べてみると、いろいろな説があって、決着のつかないことがある。それは分からないままにしておくのがよい。実教卿がお話に、「分からないことにも、調べればわかるようになるものもあれば、自分で会得してわかることもあり、また、どうしても分からないこともある。これが面白いのだ」と仰せられた。奥深い言葉だ。極めて深く広大なことは、そもそも分からないはずである。たやすく分かることは、浅いことなのだ。
解説
分からないことは無理に決めつけず、分からないままにしておくのがよい、と説く一条です。実教卿の「調べて分かること、自分で会得すること、どうしても分からないこと――それが面白い」という言葉を引き、深遠なものは本来たやすく分かるはずがない、たやすく分かることは浅いのだ、と結びます。背景には、白黒をすぐつけたがる態度を戒め、分からなさを抱えて味わう成熟した知の姿勢があります。武道でも学問でも、究めるほど果ての見えなさに突き当たるという葉隠の別の条とも響き合います。現代でも、何でも即座に答えを求める風潮の中で、あえて答えを保留し、分からなさと共に在る力は貴重でしょう。安易な結論を疑う知恵として読めます。
この章句が説くこと
分からなさを抱える保留の知恵深遠さ安易な結論を疑う知の成熟究める
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