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葉隠 / 聞書第一

我が智慧一分の智慧計りにて萬事をなす故、私となり天道に背き、惡事となるなり。眞の智慧に叶ひ難き時は、智慧ある人に談合するがよし。その人は、我が上にてとれなき故、私なく有體の智慧にて了簡する時、道に叶ふものなり。脇より見る時、根づよく確に見ゆるなり。たとへば大木の根多きが如し。一人の智慧は突つ立ちたる木の如し。

新字:我が智慧一分の智慧計りにて万事をなす故、私となり天道に背き、悪事となるなり。真の智慧に叶ひ難き時は、智慧ある人に談合するがよし。その人は、我が上にてとれなき故、私なく有体の智慧にて了簡する時、道に叶ふものなり。脇より見る時、根づよく確に見ゆるなり。たとへば大木の根多きが如し。一人の智慧は突つ立ちたる木の如し。

書き下し

我が智慧一分(いちぶん)の智慧計(ばか)りにて万事をなす故、私(わたくし)となり天道(てんとう)に背き、悪事となるなり。真の智慧に叶(かな)い難き時は、智慧ある人に談合(だんごう)するがよし。その人は、我が上(うえ)にてとれなき故、私なく有体(ありてい)の智慧にて了簡(りょうけん)する時、道に叶うものなり。脇より見る時、根づよく確(たしか)に見ゆるなり。たとえば大木の根多きが如し。一人の智慧は突っ立ちたる木の如し。

現代語訳

自分ひとりの狭い知恵だけで何もかもを決めようとするから、私心にとらわれて天の道理に背き、悪い結果になるのだ。本当に正しい知恵に届きそうにないときは、知恵のある人に相談するのがよい。その相手は、自分の身にかかわることではないので、私心なく、ありのままの知恵で判断でき、それゆえ道理にかなうのだ。傍から見れば、その判断は根強く確かに見える。たとえるなら、根を四方に張った大木のようなものだ。一人きりの知恵は、地面に突っ立っただけの根の浅い木のようなものである。

解説

一人の知恵には限界があり、当事者は私心に縛られて判断を誤りやすい――だから信頼できる人に相談せよ、と説く一条です。当人にとっては損得や感情が絡む問題も、第三者には利害がないぶん、ありのままに、道理にかなった見方ができる。常朝はこれを、根を四方に張った大木と、地面に突き立っただけの一本木にたとえます。相談を経た判断は根が深く、揺らぎにくいというのです。前条の「私心を除く」と地続きで、一人では消しきれない私心を、他者の目で補う具体策とも読めます。現代でも、当事者ほど視野が狭くなり、身近な相談相手のほうが冷静に本質を突くことは多い。独断を戒め、談合(相談)の力を説いた実践的な教えです。

この章句が説くこと

相談独断の戒め私心第三者の視点談合天道

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