群書治要 / 『群書治要』漢書・威が強いほど諫言は届かない
臣聞忠臣之事君也。言切直則不用、其身危、不切直則不可以明道、故切直之言、明主所欲急聞、忠臣之所以蒙死而竭智也。地之磽者、雖有善種、不能生焉。江皋河瀕、雖有惡種、無不猥大、故地之美者善養禾、君之仁者善養士、雷霆之所擊、無不摧折者、萬鈞之所壓、無不糜滅者、今人主之威非特雷霆、勢重非特萬鈞也。開道而求諫、和顔色而受之、用其言而顯其身、士猶恐懼而不敢自盡、又迺况於縱欲、恣行暴虐、惡聞其過乎。震之以威、壓之以重、則雖有堯舜之智、孟賁之勇、豈有不摧折者哉。如此、則人主不得聞其過失矣。弗聞、則社稷危矣。
新字:臣聞忠臣之事君也。言切直則不用、其身危、不切直則不可以明道、故切直之言、明主所欲急聞、忠臣之所以蒙死而竭智也。地之磽者、雖有善種、不能生焉。江皋河瀕、雖有悪種、無不猥大、故地之美者善養禾、君之仁者善養士、雷霆之所撃、無不摧折者、万鈞之所圧、無不糜滅者、今人主之威非特雷霆、勢重非特万鈞也。開道而求諫、和顔色而受之、用其言而顕其身、士猶恐懼而不敢自尽、又迺況於縦欲、恣行暴虐、悪聞其過乎。震之以威、圧之以重、則雖有堯舜之智、孟賁之勇、豈有不摧折者哉。如此、則人主不得聞其過失矣。弗聞、則社稷危矣。
書き下し
臣聞く、忠臣の君に事うるや、言切直なれば則ち用いられずして其の身危うく、切直ならざれば則ち以て道を明らかにす可からず。故に切直の言は、明主の急ぎ聞かんと欲する所にして、忠臣の死を蒙りて智を竭くす所以なり。地の磽なる者は、善き種有りと雖も、生ずる能わず。江皋河瀕は、悪しき種有りと雖も、猥大ならざる無し。故に地の美なる者は禾を養うに善く、君の仁なる者は士を養うに善し。雷霆の撃つ所は、摧折せざる無く、万鈞の圧す所は、糜滅せざる無し。今人主の威は特に雷霆のみに非ず、勢の重きは特に万鈞のみに非ざるなり。道を開きて諫を求め、顔色を和らげて之を受け、其の言を用いて其の身を顕すも、士は猶お恐懼して敢えて自ら尽くさず。又迺ち況んや欲を縦にし、暴虐を恣にし、其の過ちを聞くを悪む者をや。之を震わすに威を以てし、之を圧するに重きを以てすれば、則ち堯舜の智、孟賁の勇有りと雖も、豈に摧折せざる者有らんや。此くの如くなれば、則ち人主は其の過失を聞くを得ず。聞かざれば、則ち社稷危うし。
現代語訳
私は、忠臣が君に仕えるとき、言葉が切実で率直だと用いられずに身が危うくなり、切実でなければ道を明らかにできない、と聞いています。ですから切実で率直な言葉は、名君が急いで聞きたいと願うもので、忠臣が死を覚悟して知恵を尽くすゆえんです。痩せた地には、良い種があっても育ちません。川岸の肥えた地では、悪い種でも大きく茂らないものはありません。ゆえに土地の美しい所は穀物をよく育て、君の仁なる者は士をよく育てます。雷霆の打つ所は砕けないものがなく、万鈞の重さに押される所は潰れないものがありません。いま人主の威は雷霆どころではなく、勢いの重さは万鈞どころではありません。道を開いて諫めを求め、顔色を和らげて受け入れ、その言葉を用いて身を顕しても、士はなお恐れて自分から尽くすことができません。ましてや欲をほしいままにし、暴虐を恣にして、過ちを聞くのを嫌う者ならなおさらです。威で震わせ、重さで押さえつければ、堯舜の智や孟賁の勇があっても、砕けないでいられるでしょうか。そうなれば、人主は自分の過失を聞くことができません。聞けなければ、社稷は危うくなります。
解説

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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。