五輪書 / 火の巻
新たになるとは敵我戦ふ時もつるる心になつてはかゆかざる時我気を振捨て物毎をあたらしくはじむる心に思ひて其拍子を受て勝を弁ふる所なり新になる事は何時も敵と我きしむ心になると思はば其儘心を替て各別の利を以て勝べき也大分の兵法に於ても新たになると云所弁ふる事肝要也兵法の智力にては忽ち見ゆる所也能々吟味有べし
書き下し
新たになるとは、敵我戦ふ時、もつるる心になつて、はかゆかざる時、我気を振り捨て、物毎をあたらしくはじむる心に思ひて、其の拍子を受けて勝を弁ふる所なり。新になる事は、何時(いつ)も敵と我きしむ心になると思はば、其の儘心を替て、各別の利を以て勝つべきなり。大分の兵法に於ても、新たになると云ふ所、弁ふる事肝要なり。兵法の智力にては、忽(たちま)ち見ゆる所なり。能々(よくよく)吟味有るべし。
現代語訳
「新たになる」とは、敵と戦っているとき、もつれた心(膠着した状態)になってはかどらないとき、こちらの気を(いったん)振り捨てて、何ごとも新しく始める心持ちに切り替えて、その(新しい)拍子を捉えて勝ちを見出すことである。「新たになる」ことは、いつでも敵と自分がきしみ合う(噛み合わない)心になったと思ったら、そのまま心を切り替えて、まったく違う手立てで勝つべきだ、ということである。大きな兵法(合戦)でも、この「新たになる」ところをわきまえることが肝要だ。兵法の知力があれば、たちまち見えてくるところである。よくよく吟味すべきである。
解説
膠着したときの心の切り替え「新たになる」を説く一段です。前に「四つ手を放す(土俵を変える)」「まぶるる(もつれ込む)」と、膠着の打開策をいくつか説いてきましたが、この段は特に「心のリセット」に焦点があります。もつれて噛み合わなくなったら、それまでの気持ち・執着をいったん「振り捨てて」、何もかも新しく始める心持ちになる。すると、こだわりから解放された新しい拍子が生まれ、そこに勝機が見える、というのです。同じ土俵で粘り続ければ、こちらも相手の膠着に巻き込まれる。だが心を一度まっさらにすれば、状況を新鮮な目で捉え直せる。行き詰まりの多くは、実は「今までのやり方・気分への執着」から抜け出せないことに原因があります。過去の経緯や意地をいったん手放し、ゼロから見直す――停滞を破る「気持ちの更新」の力を教える、実践的で普遍的な一段です。
この章句が説くこと
新たになる心のリセット執着を手放す膠着の打開ゼロから見直す気持ちの更新