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五輪書 / 火の巻

三ツの声とは初中後の声と云て三ツにかけ分る事也所により声をかくると云事専也声はいきほひなるによつて火事などにもかけ風波にもかけ声は勢力を見するもの也大分の兵法にしても戦より初めにかくる声はいか程もかさをかけて声をかけ又戦ふ間の声は調子をひきて底より出る声にてかかり勝て後あとに大きに強くかくる是三ツの声也 又一分の兵法にしても敵をうごかさん為打と見せて頭よりゑいと声をかけ声の跡より太刀を打出すもの也亦敵を打て跡に声をかくる事勝を知らする声也是を先後の声と云太刀と一度に大きに声をかくる事なし若戦の内にかくるは拍子にのる声ひきてかくるなり能々吟味有べし

書き下し

三ツの声とは、初中後(しよちゆうご)の声と云て、三ツにかけ分くる事なり。所により声をかくると云ふ事専なり。声はいきほひなるによつて、火事などにもかけ、風波にもかけ、声は勢力を見するものなり。大分の兵法にしても、戦より初めにかくる声は、いか程もかさをかけて声をかけ、又戦ふ間の声は、調子をひきて底より出る声にてかかり、勝ちて後、あとに大きに強くかくる、是れ三ツの声なり。又一分の兵法にしても、敵をうごかさん為、打つと見せて、頭より「ゑい」と声をかけ、声の跡より太刀を打ち出すものなり。亦(また)敵を打ちて、跡に声をかくる事、勝を知らする声なり。是れを先後(せんご)の声と云ふ。太刀と一度に大きに声をかくる事なし。若(もし)戦の内にかくるは、拍子にのる声、ひきてかくるなり。能々(よくよく)吟味有るべし。

現代語訳

「三つの声」とは、初め・中・後の声といって、三つに掛け分けることである。場面に応じて声をかけることが専一だ。声は勢いであるから、火事などにも掛け、風波にも掛ける。声は(自分の)勢力を示すものだ。大きな兵法(合戦)でも、戦いの初めに掛ける声はできるだけ大きく威勢よく掛け、戦っている間の声は調子を低くして腹の底から出る声で掛かり、勝ったあとに大きく強く掛ける――これが三つの声である。また小さな兵法(個人戦)でも、敵を動かすために、打つと見せて頭から「えい」と声を掛け、その声のあとから太刀を打ち出す。また敵を打ってから後に声を掛けるのは、勝ちを知らせる声だ。これを「先後(せんご)の声」という。太刀と同時に大きく声を掛けることはしない。もし戦いの最中に掛けるなら、拍子に乗る声を低く掛けるのだ。よくよく吟味すべきである。

解説

戦いにおける「声(掛け声)」の使い方を、初め・中・後の三段階に分けて説く一段です。武蔵は「声は勢いであり、自分の勢力を示すもの」と捉えます。戦いの初めは威勢よく大きく掛けて気勢を上げ、戦いの最中は腹の底から低く掛けて実の力を込め、勝ったあとは大きく掛けて勝利を告げる。個人戦では、打つ前に「えい」と声を出して相手を動揺させ(動かし)、打ったあとの声で勝ちを知らせる。興味深いのは「太刀と同時には大きく声を掛けない」という点で、声と斬撃のタイミングをずらして、声で相手の心を動かし、実際の一撃は別の拍子で入れる、という緻密さです。声=気合いや発声は、相手の心理を動かし、味方の勢いを高め、局面を演出する道具である――現代でいえば、声のトーンや掛け声、間合いの取り方が場を支配する力を持つことを教える、演出と心理の一段です。

この章句が説くこと

三ツの声掛け声気勢勢いを示す声で心を動かす演出

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