五輪書 / 火の巻
移らかすと云は物毎に有もの也或はねむりなども移り或はあくびなどのうつるもの也時のうつるも有大分の兵法にして敵うはきにしてことをいそぐ心の見ゆる時は少しも夫にかまはざる様にしていかにもゆるりとなりて見すれば敵も我事に受てきざしたるむ物なり其うつりたると思ふ時我方より空の心にしてはやく強くしかけて勝利を得るもの也一分の兵法にしても我身も心もゆるりとして敵のたるみの間をうけて強く早く先にしかけて勝所専也 亦よわすると云て是に似たる事有一ツはたいくつの心一ツはうかつく心一ツはよわくなる心能々工夫有べし
書き下し
移(うつ)らかすと云ふは、物毎に有るものなり。或はねむりなども移り、或はあくびなどのうつるものなり。時のうつるも有り。大分の兵法にして、敵うはきにして、ことをいそぐ心の見ゆる時は、少しも夫(それ)にかまはざる様にして、いかにもゆるりとなりて見すれば、敵も我事に受けて、きざしたるむものなり。其のうつりたると思ふ時、我方より空(くう)の心にして、はやく強くしかけて、勝利を得るものなり。一分の兵法にしても、我身も心もゆるりとして、敵のたるみの間をうけて、強く早く先(せん)にしかけて勝つ所専なり。亦(また)よわすると云て、是に似たる事有り。一ツはたいくつの心、一ツはうかつく心、一ツはよわくなる心。能々(よくよく)工夫有るべし。
現代語訳
「移(うつ)らかす」というのは、何ごとにもあるものだ。眠気も移り、あくびも移るものである。(気分の)時も移る。大きな兵法(合戦)で、敵が浮ついて、事を急ぐ気持ちが見えるときは、少しもそれにかまわないようにして、こちらはいかにもゆったりと構えて見せる。すると敵もこちらの様子を受け取って、(急いていた)気配が緩むものだ。その(緩みが)移ったと思うとき、こちらは無心(空)の心で、素早く強く仕掛けて勝ちを得るのである。小さな兵法(個人戦)でも、自分は体も心もゆったりとして、敵の緩みの隙を捉えて、強く早く先手を仕掛けて勝つことが専一だ。また「弱わす(弱らせる)」といって、これに似たことがある。一つは退屈させる心、一つは浮つかせる心、一つは弱気にさせる心(を移す)。よくよく工夫すべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公二十八年 晋、曹・衛を伐つ二十八年春、晉侯將に曹を伐たんとし、道を衛に假る、衛人許さず。還りて河南より濟り、曹を侵し、衛を伐つ。正月、戊申、五鹿を取る。二月、晉の郤縠卒す。原軫中軍に將たり、胥臣下軍に佐たり、德を上ぶなり。晉侯・齊侯斂盂に盟ふ。衛侯盟はんことを請ふ、晉人許さず。衛侯楚に與せんと欲す、國人欲せず、故に其の君を出だして以て晉に說く。衛侯出でて襄牛に居る。公子買衛を戍る、楚人衛を救ひて、克たず。公晉を懼れ、子叢を殺して以て說き、楚人に謂ひて曰く、「戍を卒へざればなり」と。晉侯曹を圍み、門に攻む、多く死す。曹人諸を城上に尸す、晉侯之を患ふ。輿人の謀を聽く、曰く、「墓に舍ると稱せん」と。師焉に遷る。曹人兇懼し、其の得る所の者の為に棺して之を出だす。其の兇なるに因りて之を攻む。
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孫子・謀攻篇是の故に百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。
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孫子・九地篇利に合いて動き、利に合わずして止まる。
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『墨子』號令人、自ら大いに版に書し、之を其の署の隔に著く。守、必ず自ら其の先後を謀り、其の署に非ずして妄りに之に入る者は、斷ず。署を離れ左右し、共に他署に入り、左右、捕らえず、私書を挾み、行きて請謁し、及び行書を為し、守事を釋てて私家の事を治め、卒民、相い家室・嬰兒を盜む者は、皆な斷じて赦す無し。人、舉げて之を藉す。符節無くして軍中を横行する者は、斷ず。客、城下に在らば、數しば其の署を易えて其の養を易うる無し。敵を譽めて少なきを以て衆しと為し、亂を以て治と為し、敵の攻の拙きを以て巧と為す者は、斷ず。客と主人と、相い與に言い及び相い藉するを得る無し。客、射るに書を以てするも、譽むるを得る無し。外、内に示すに善を以てするも、應ずるを得る無し。令に従わざる者は皆な斷ず。禁じて矢書を舉げ若しくは書を以て寇に射るを得る無し。令を犯す者は、父母・妻子、皆な斷じ、身は城上に梟す。能く之を捕らえ告ぐる者有らば、之に賞するに黄金二十斤。時に非ずして行く者は、唯だ守及び太守の節を摻りて使いする者のみ。
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李衛公問対・卷下守るの法は、要は敵に示すに不足を以てするに在り。攻むるの法は、要は敵に示すに有餘を以てするに在るなり。
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『春秋左氏伝』襄公十八年 平陰の役冬十月、魯の濟に會し、溴梁の言を尋ね、同じく齊を伐つ。齊侯諸を平陰に禦ぎ、防門に塹して之を廣里に守る。夙沙衛曰く、「戰ふ能はずんば、險を守るに如くは莫し」と。聽かず。諸侯の士焉に門す。齊人多く死す。范宣子析文子に告げて曰く、「吾子を知る、敢へて情を匿さんや。魯人・莒人、皆車千乘を以って其の鄉より入らんことを請ふ。既に之を許せり。若し入らば、君必ず國を失はん。子盍ぞ之を圖らざる」と。子家以って公に告ぐ。公恐る。晏嬰之を聞きて曰く、「君固より勇無し。而して又是を聞く。久しき能はざらん」と。齊侯巫山に登りて以って晉の師を望む。晉人司馬をして山澤の險を斥はしめ、至らざる所と雖も、必ず旆して疏らに之を陳ね、車に乘る者をして左は實にし右は偽りならしめ、旆を以って先んじ、輿は柴を曳きて之に從ふ。齊侯之を見て、其の眾きを畏るるなり。乃ち脫して歸る。丙寅晦、齊の師夜に遁る。師曠晉侯に告げて曰く、「鳥烏の聲樂し。齊の師其れ遁れん」と。邢伯中行伯に告げて曰く、「班馬の聲有り。齊の師其れ遁れん」と。叔向晉侯に告げて曰く、「城上に烏有り。齊の師其れ遁れん」と。

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