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五輪書 / 火の巻

場の位を見分る所場に於て日をおふと云事有日をうしろになして構ふる也若所により日をうしろにする事ならざる時は右のわきへ日をなす様にすべし座敷にてもあかりをうしろ右脇となす事同前也うしろの場つまらざる様に左の場をくつろげ右の脇の場を詰めて構度事也夜にても敵の見ゆる所にては火をうしろにおひあかりを右脇にする事同前と心得て構ふべきもの也敵を見おろすと云て少しも高き所に構ふる様に心得べし座敷にては上座を高き所と思ふべし扨戦になりて敵を追回す事我左の方へ追回す心難所を敵のうしろにさせ何れにても難所へ追懸る事肝要也 難所は敵に場を見せずと云ひて敵に顔をふらせず油断なくせめ詰る心也座敷にても敷居鴨居戸障子縁など又柱などの方へ追詰るにも場を見せずと云事同前也何れも敵を追懸る方足場のわるき所又は脇にかまひの有所何れも場の徳を用ゐて場の勝を得ると云ふ心専にして能々吟味し鍛錬有るべきもの也

書き下し

場の位を見分くる所、場に於て日をおふと云ふ事有り。日をうしろになして構ふるなり。若(もし)所により、日をうしろにする事ならざる時は、右のわきへ日をなす様にすべし。座敷にても、あかりをうしろ・右脇となす事同前なり。うしろの場つまらざる様に、左の場をくつろげ、右の脇の場を詰めて構へたき事なり。夜にても、敵の見ゆる所にては、火をうしろにおひ、あかりを右脇にする事同前と心得て構ふべきものなり。敵を見おろすと云て、少しも高き所に構ふる様に心得べし。座敷にては上座を高き所と思ふべし。扨(さて)戦になりて敵を追ひ回す事、我左の方へ追ひ回す心、難所を敵のうしろにさせ、何れにても難所へ追ひ懸くる事肝要なり。難所は敵に場を見せずと云ひて、敵に顔をふらせず、油断なくせめ詰る心なり。座敷にても、敷居・鴨居・戸障子・縁など、又柱などの方へ追ひ詰るにも、場を見せずと云ふ事同前なり。何れも敵を追ひ懸くる方、足場のわるき所、又は脇にかまひの有る所、何れも場の徳を用ゐて、場の勝を得ると云ふ心専にして、能々(よくよく)吟味し鍛錬有るべきものなり。

現代語訳

「場(場所・地形)の位」を見分けることについて。まず、場において「日を負う」ということがある。太陽を背にして構えるのだ。もし場所の都合で日を背にできないときは、右脇へ日が来るようにする。座敷でも、明かりを背後・右脇に置くのは同じだ。背後の場所が詰まらない(余裕がある)ように、左側を広く、右脇を詰めて構えたい。夜でも、敵が見えるところでは火(明かり)を背にし、明かりを右脇にするのは同じと心得よ。「敵を見下ろす」といって、少しでも高いところに構えるように心得よ。座敷では上座を高いところと思え。さて戦いになって敵を追い回すときは、自分の左の方へ追い回す心持ちで、足場の悪い難所を敵の背後にさせ、なんとしても難所へ追いかけることが肝要だ。「難所は敵に場を見せず」といって、敵に(場を確かめるため)顔を振り向かせず、油断なく攻め詰める心持ちである。座敷でも、敷居・鴨居・戸障子・縁側・柱などの方へ追い詰めるにも、「場を見せない」のは同じだ。いずれも、敵を追いかける先が足場の悪いところ、または脇に障害物のあるところ――こうして「場の徳(利点)」を活かして「場の勝ち」を得る、という心持ちを専らにして、よくよく吟味し鍛錬すべきである。

解説

戦いの場所・環境を味方につける「場の勝ち」を説く一段です。太陽や明かりを背にして相手をまぶしくさせ、少しでも高い位置を取り、足場の悪い難所や障害物のある方へ敵を追い込む――環境の有利不利を細かく計算して、戦う前から優位を作る、という徹底した現実主義です。特に印象的なのが「難所は敵に場を見せず」、つまり相手に自分の置かれた不利な状況を確かめる余裕さえ与えず、油断なく攻め詰めよ、という点です。武蔵の兵法は精神論だけでなく、光・高低・足場・障害物といった外的条件をことごとく利用します。同じ実力でも、どこで・どんな条件で戦うかで勝敗は大きく変わる。自分に有利な土俵を選び、相手を不利な状況へ導く――交渉やビジネスの「場の設定」にそのまま通じる、環境を制する者が勝つという実践的な教えです。

この章句が説くこと

場の次第環境を制す場の勝有利な土俵日を負う難所へ追う

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