五輪書 / 水の巻
身のあたりは敵のきはへ入込て身にて敵にあたる心也少し我顔をそばめ我左の肩を出し敵の胸にあたる事我身をいか程も強くなりあたる事いきあい拍子にてはづむ心に入べし此入る事入習得ては敵二間も三間もはねのく程強きもの也敵死入ほどもあたる也能々鍛錬有べし
書き下し
身のあたりは、敵のきはへ入り込みて、身にて敵にあたる心なり。少し我顔をそばめ、我左の肩を出し、敵の胸にあたる事、我身をいか程も強くなりあたる事、いきあい拍子にてはづむ心に入るべし。此の入る事、入り習ひ得ては、敵二間(けん)も三間(げん)もはねのく程強きものなり。敵死に入るほどもあたるなり。能々(よくよく)鍛錬有るべし。
現代語訳
「身のあたり(体当たり)」は、敵のきわへ入り込んで、体で敵に当たる心持ちである。少し自分の顔を横にそむけ、自分の左肩を出して、敵の胸に当たる。自分の体をできるだけ強くして当たり、(相手とぶつかる)「行き合い拍子」で弾む心持ちで入るべきだ。この当たり方を習得すれば、敵が二間も三間(約四〜五メートル)も跳ね飛ぶほど強いものだ。敵が死ぬほども当たる。よくよく鍛錬すべきである。
解説
武器でなく体そのもので攻める「身のあたり(体当たり)」を説く一段です。左肩を出し顔をそむけて敵の胸に当たり、ぶつかり合う「行き合い拍子」で弾むように入れば、敵を数メートルも跳ね飛ばすほどの威力になる、というのです。ここで注目したいのは、剣術の書でありながら、太刀を介さない全身の体当たりを重要な技として立てている点です。武蔵の兵法は「太刀で斬る」ことに限定されず、体・肩・拳など全身のあらゆる部位を武器として使い切る。手段を一つに固定せず、その場で最も効く手を選ぶ発想です。そして体当たりの威力も、当たる瞬間のタイミング(行き合い拍子)と全身の強さから生まれると説きます。持てるものすべてを武器とし、決め手を一つに限定しない――柔軟で総合的な武蔵の実戦観を示す一段です。
この章句が説くこと
身のあたり体当たり全身を武器に手段を限定しない行き合い拍子総合力
関連する章句
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五輪書・水の巻身にかはる太刀共いふべし。惣(そう)て敵を打つ身に、太刀も身も一度には打たざるものなり。敵の打つ縁により、身をばさきへうつ身になり、太刀は身にかまはず打つ所なり。若(もし)くは身はゆるがず、太刀にて打つ事は有れども、大形は身を先へ打ち、太刀をあとより打つものなり。能々(よくよく)吟味して打ち習ふべきなり。
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五輪書・水の巻打つと云ふ事、あたると云ふ事、二ツなり。打つと云ふ心は、何れの打にも、思ひうけて慥(たしか)に打つなり。あたるは、行きあたる程の心にて、何と強うあたり、忽(たちま)ち敵の死ぬる程にても、是れはあたるなり。打つと云ふは、心得て打つと云ふ所なり。吟味すべし。敵の手にても足にても、あたると云ふは、先(ま)づあたるなり。あたりて後を強く打たん為なり。あたるは、さはる程の心。能(よ)く習ひ得ては、各別の事なり。工夫すべし。
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五輪書・水の巻石火のあたりは、敵の太刀と我太刀と付き合ふほどにて、我太刀少しもあげずして、いかにも強く打つなり。是れは足も強く、身も強く、手も強く、三所(みところ)を以て早く打つべきなり。此の打、度々打ち習はずしては打ちがたし。よく鍛錬すれば、強くあたるものなり。
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五輪書・水の巻身のかかり、顔はうつむかず、あをのかず、かたむかず、ひずまず、目をみださず、ひたいにしはをよせず、まゆあいにしわをよせて、目の玉のうごかざる様にして、またたきせぬ様に思ひて、目を少しすくめる様にして、うらやかに見ゆるかほ、鼻すぢ直(すぐ)にして、少しおとがひを出す心なり。首はうしろのすぢを直に、うなじに力を入れて、肩より総身はひとしく覚え、両の肩をさげ、背すぢをろくに、尻を出さず、ひざより足先まで力を入れて、腰のかがまざる様に、腹をはり、くさびをしむると云ひて、脇差のさやに腹をもたせて、帯のくつろがざる様に、くさびをしむると云ふ教(をしへ)有り。総て兵法の身に於て、常の身を兵法の身とし、兵法の身を常の身とする事肝要なり。能々(よくよく)吟味すべし。
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五輪書・水の巻敵も打ちかけ、我も太刀打ちかくるに、敵うくる時、我太刀、敵の太刀に付けてねばる心にして入るなり。ねばるは、太刀はなれがたき心、余り強くなき心に入るべし。敵の太刀につけて、ねばりをかけ入る時は、いか程も静に入ても苦しからず。ねばると云ふ事と、もつるると云ふ事、ねばるは強く、もつるるはよわし。此の事分別有るべし。
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五輪書・水の巻秋猴(しうこう)の身とは、手を出さぬ心なり。敵へ入身(いりみ)に、少しも手を出す心なく、敵打つ前、身をはやく入るる心なり。手を出さんと思へば、必ず身の遠のくものなるに依て、惣身(そうみ)をはやくうつり入るる心なり。手にて受け合ふする程の間(あひだ)には、身も入りやすきものなり。能々(よくよく)吟味すべし。