五輪書 / 水の巻
身のかかり顔はうつむかずあをのかずかたむかずひずまず目をみださずひたいにしはをよせずまゆあいにしわをよせて目の玉のうごかざる様にしてまたたきせぬ様に思ひて目を少しすくめる様にしてうらやかに見ゆるかほ鼻すぢ直にして少しおとがひを出す心也首はうしろのすぢを直にうなじに力を入れて肩より総身はひとしく覚え両の肩をさげ背すぢをろくに尻を出さずひざより足先まで力を入て腰のかがまざる様に腹をはりくさびをしむると云ひて脇差のさやに腹をもたせて帯のくつろがざる様にくさびをしむると云教有り総て兵法の身に於て常の身を兵法の身とし兵法の身を常の身とする事肝要なり能々吟味すべし
書き下し
身のかかり、顔はうつむかず、あをのかず、かたむかず、ひずまず、目をみださず、ひたいにしはをよせず、まゆあいにしわをよせて、目の玉のうごかざる様にして、またたきせぬ様に思ひて、目を少しすくめる様にして、うらやかに見ゆるかほ、鼻すぢ直(すぐ)にして、少しおとがひを出す心なり。首はうしろのすぢを直に、うなじに力を入れて、肩より総身はひとしく覚え、両の肩をさげ、背すぢをろくに、尻を出さず、ひざより足先まで力を入れて、腰のかがまざる様に、腹をはり、くさびをしむると云ひて、脇差のさやに腹をもたせて、帯のくつろがざる様に、くさびをしむると云ふ教(をしへ)有り。総て兵法の身に於て、常の身を兵法の身とし、兵法の身を常の身とする事肝要なり。能々(よくよく)吟味すべし。
現代語訳
(戦いにおける)体の構えは次のようにする。顔はうつむかず、あお向かず、傾けず、歪めず。目を乱さず、額に皺を寄せず、眉間には(軽く)皺を寄せて、目の玉が動かないようにし、またたきをしないつもりで、目を少しすぼめるようにして、穏やかに見える顔をつくる。鼻筋はまっすぐにして、少し顎を出す心持ちだ。首は後ろの筋をまっすぐにし、うなじに力を入れる。肩から全身は均一に感じ、両肩を下げ、背筋をまっすぐに伸ばし、尻を突き出さない。膝から足先まで力を入れて、腰が曲がらないようにする。腹を張り、「楔(くさび)を締める」といって、脇差の鞘に腹をもたせかけ、帯が緩まないように締める、という教えがある。総じて兵法の体においては、平常の体を兵法の体とし、兵法の体を平常の体とすることが肝要だ。よくよく吟味すべきである。
解説
この章句が説くこと
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五輪書・水の巻兵法の道に於て、心の持様は常の心に替る事なかれ。常にも兵法の時にも少しも替らずして、心を広く直(すぐ)にして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬ様に、心をまん中におきて、心を静にゆるがせて、其のゆるぎのせつなもゆるぎやまぬ様に、能々(よくよく)吟味すべし。静なる時も心は静ならず、何とはやき時も心は少しもはやからず、心は体につれず、体は心につれず、心に用心して身は用心せず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあやまらさず、うへの心はよわくとも、そこの心をつよく、心を人に見分けられざる様にして、小身なるものは心に大きなる事を残らず知り、大身なるものは心に小さき事を能(よ)く知りて、大身も小身も心を直にして、我身のひいきをせざる様に心を持つ事肝要なり。心の内にごらず、広くして、広き所へ智恵を置くべきなり。智恵も心もひたとみがく事専なり。智恵をとぎ、天下の理非を弁へ、物毎の善悪を知り、万の芸能其の道其の道をわたり、世間の人に少しもだまされざる様にして後、兵法の智恵となる心なり。兵法の智恵に於て、とりわきちがふ事有るものなり。戦の場、万事せはしき時なれども、兵法の道理をきはめ、うごきなき心、能々吟味すべし。
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五輪書・水の巻たけくらべと云ふは、何れにても敵へ入り込む時は、我身のちぢまざる様にして、足をも延べ、腰をものべ、首をも延べて、強く入り、敵の顔と顔とをならべ、身のたけをくらぶるに、くらべ勝つと思ふ程高くなつて、強く入る所肝心なり。能々(よくよく)工夫すべし。
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五輪書・水の巻身のあたりは、敵のきはへ入り込みて、身にて敵にあたる心なり。少し我顔をそばめ、我左の肩を出し、敵の胸にあたる事、我身をいか程も強くなりあたる事、いきあい拍子にてはづむ心に入るべし。此の入る事、入り習ひ得ては、敵二間(けん)も三間(げん)もはねのく程強きものなり。敵死に入るほどもあたるなり。能々(よくよく)鍛錬有るべし。
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五輪書・水の巻身にかはる太刀共いふべし。惣(そう)て敵を打つ身に、太刀も身も一度には打たざるものなり。敵の打つ縁により、身をばさきへうつ身になり、太刀は身にかまはず打つ所なり。若(もし)くは身はゆるがず、太刀にて打つ事は有れども、大形は身を先へ打ち、太刀をあとより打つものなり。能々(よくよく)吟味して打ち習ふべきなり。
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五輪書・水の巻五方の構は、上段・中段・下段、右のわきに構ふる事、左のわきに構ふる事、是れ五方なり。構五ツに分つといへども、皆人をきらん為なり。構五ツより外はなし。何れの構なりとも、かまふるは思はず、きる事なりと思ふべし。構の大小はことにより、利にしたがふべし。上・中・下は体(たい)の構なり。両脇はゆう(用)の構なり。右左の構、うへのつまりて、わき一方つまりたる所などにての構なり。右左は所によりて分別有り。此の道の大事に曰く、構のきはまりは中段と心得べし。中段、構の本意(ほい)なり。兵法大きにして見よ、中段は大将の座なり。大将につき、あと四段の構なり。能々(よくよく)吟味すべし。
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五輪書・水の巻有㆑構無㆑構(かまへありてかまへなし)と云ふは、太刀を構ふると云ふ事、有るべき事に非ず。されども五方に置く事あれば、構へ共成るべし。太刀は敵の縁により、所により、けいきにしたがひ、何れの方に置きたりとも、其の敵きりよき様に持つ心なり。上段も時に随ひ、少しさがる心なれば中段となり、中段を利により少しあぐれば上段となる。下段もおりにふれ、少しあぐれば中段となる。両脇の構も、くらゐにより少し中へ出さば、中段・下段共なる心なり。然るに依て、構は有りて構は無きと云ふ理(ことわり)なり。先(ま)づ太刀を執りては、何れにしてなりとも、敵を切ると云ふ心なり。若(も)し敵の切る太刀を、受くる・はる・あたる・ねばる・さはるなど云ふ事あれども、皆皆敵を切る縁(えん)なりと心得べし。受くると思ひ、はると思ひ、あたると思ひ、ねばると思ひ、さはると思ふに依て、切る事不足なるべし。何事も切る縁と思ふ事肝要なり。能々吟味すべし。兵法大きにして、人数たてと云ふも構なり。皆合戦に勝つ縁なり。いつくと云ふ事悪し。能々工夫すべし。