五輪書 / 水の巻
第五の次第太刀の構我右の脇に横に構へて敵打かくる所のくらゐをうけ我太刀の下の横よりすぢかへて上段に振あげ上より直にきるべし是も太刀の道能知らん為也此おもてにてふりつけぬればおもき太刀自由にふらるる所也此五ツのおもてに於てこまかに書付る事に非ず我家の一通太刀の道を知り亦大形拍子をも覚え敵の太刀を見分る事先づ此五ツにて不断手をからす所也敵と戦ひの内にも此太刀すぢをからして敵の心を受け色々の拍子にて如何様にも勝所也能々分別すべし
書き下し
第五の次第、太刀の構、我右の脇に横に構へて、敵打ちかくる所のくらゐをうけ、我太刀の下の横よりすぢかへて、上段に振り上げ、上より直(すぐ)にきるべし。是も太刀の道能(よ)く知らん為なり。此のおもてにてふりつけぬれば、おもき太刀自由にふらるる所なり。此の五ツのおもてに於て、こまかに書き付くる事に非ず。我家の一通、太刀の道を知り、亦(また)大形拍子をも覚え、敵の太刀を見分くる事、先づ此の五ツにて、不断手をからす所なり。敵と戦ひの内にも、此の太刀すぢをからして、敵の心を受け、色々の拍子にて如何様(いかやう)にも勝つ所なり。能々(よくよく)分別すべし。
現代語訳
第五の形は、太刀を右脇に横に構え、敵が打ちかかってくる勢い(位)を受け、自分の太刀を下の横から筋を返して上段に振り上げ、上からまっすぐに斬り下ろす。これも太刀の道をよく知るためである。この形で振りつけておけば、重い太刀も自在に振れるようになる。この五つの形については、これ以上細かくは書かない。我が流派の一通り、すなわち太刀の道を知り、およその拍子も覚え、敵の太刀を見分けること――まずはこの五つで、絶えず手を慣らすのである。敵との戦いの最中も、この太刀筋を体に染み込ませておけば、敵の心を受けて、さまざまな拍子でどんな相手にも勝てる。よくよく分別すべきである。
解説
五つの表の最後、第五を説き、あわせて「五つの形とは何のためのものか」を総括する一段です。右脇から筋を返して上段へ振り上げ、上からまっすぐ斬り下ろす技が示され、「これで振りつけておけば重い太刀も自在に振れる」と、鍛錬の効果が語られます。武蔵が総括で明かすのは、五つの形の目的です。それは、太刀の道を知り、拍子を覚え、敵の太刀を見分けるために「絶えず手を慣らす」ための土台だ、というのです。形そのものが目的ではなく、太刀筋を体に染み込ませておけば、実戦では敵の心を受けてどんな拍子にも自在に応じられる。基本の徹底反復が、決まった手順の暗記ではなく、無限の応用を可能にする「自由」の土台になる――型と自在の関係を明快に示した一段です。
この章句が説くこと
五つの表右脇の構型と自在手を慣らす応用の土台反復鍛錬
関連する章句
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五輪書・水の巻第一の構、中段、太刀先を敵の顔へ付けて、敵に行き相(あ)ふ時、敵太刀打ちかくる時、右へ太刀をはづして乗り、又敵打ちかくる時、きつさきかへしにて打ち、うち落したる太刀其の儘置き、又敵の打ちかくる時、下より敵の手はる、是れ第一なり。総別、此の五ツの表、書き付くる斗(ばか)りにては合点なりがたし。五ツの表のぶんは、手にとつて太刀の道稽古する所なり。此の五ツの太刀筋にて、我太刀の道をも知り、如何様(いかやう)にも敵の打太刀知るる所なり。是れ二刀の太刀の構、五ツより外に有らずと知らする所なり。鍛錬すべきなり。
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五輪書・水の巻第二の太刀、上段に構へ、敵打ちかくる所、一度に敵を打つなり。敵を打ちはづしたる太刀、其の儘置きて、又敵の打つ所を、下よりすくひ上げて打つ。今一ツ打つも同じ事なり。此の表の内に於ては、様々の心持、色々の拍子、此の表のうちを以て、一流の鍛錬をすれば、五ツの太刀の道こまやかに知つて、如何様(いかやう)にも勝つ所有り。稽古すべきなり。
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五輪書・水の巻第四の構、左の脇に横に構へて、敵の打ちかくる手を、下よりはるべし。下よりはるを、敵打ち落さんとするを、手をはる心にて、其の儘太刀の道をうけ、我肩の上へすぢかひにきるべし。是れ太刀の道なり。又敵の打ちかくる時も、太刀の道をうけて勝つ道なり。能々(よくよく)吟味有るべし。
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五輪書・水の巻太刀の道を知るといふ事は、常に我さす刀を、ゆび二ツにて振る時も、道すぢ能(よ)く知りては、自由に振るものなり。太刀をはやく振らんとするによつて、太刀の道ちがひて振りがたし。太刀は振りよき程に静に振るなり。或は扇、或は小刀など遣ふ様に、はやく振らんと思ふによつて、太刀の道ちがひて振りがたし。夫(それ)は小刀きざみといひて、太刀にては人のきれざるものなり。太刀を打さげては、あげよき道にあげ、横に振りては、横にもどりよき道へもどし、いかにも大きにひぢをのべて、強く振る事、是れ太刀の道なり。我兵法の五ツの表を遣ひ覚ゆれば、太刀の道定まりて、振りよき所なり。能々(よくよく)鍛錬すべし。
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五輪書・水の巻第三の構、下段に持ち、ひつさげたる心にして、敵の打ちかくる所を、下より手をはるなり。手をはる所を亦(また)敵、はる太刀を打ち落さんとする所を、こす拍子にて、敵打ちたるあと、二のうでを横にきる心なり。下段にて敵の打つ所を、一度に打ち留むる事なり。下段の構、道をはこぶに、はやき時も遅き時も出合ふものなり。太刀を取りて鍛錬有るべきなり。
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五輪書・水の巻五方の構は、上段・中段・下段、右のわきに構ふる事、左のわきに構ふる事、是れ五方なり。構五ツに分つといへども、皆人をきらん為なり。構五ツより外はなし。何れの構なりとも、かまふるは思はず、きる事なりと思ふべし。構の大小はことにより、利にしたがふべし。上・中・下は体(たい)の構なり。両脇はゆう(用)の構なり。右左の構、うへのつまりて、わき一方つまりたる所などにての構なり。右左は所によりて分別有り。此の道の大事に曰く、構のきはまりは中段と心得べし。中段、構の本意(ほい)なり。兵法大きにして見よ、中段は大将の座なり。大将につき、あと四段の構なり。能々(よくよく)吟味すべし。