五輪書 / 水の巻
第三の構下段に持ひつさげたる心にして敵の打かくる所を下より手をはる也手をはる所を亦敵はる太刀を打落さんとする所をこす拍子にて敵打たるあと二のうでを横にきる心也下段にて敵の打所を一度に打留る事也下段の構道をはこぶにはやき時も遅き時も出合もの也太刀を取て鍛錬有るべき也
書き下し
第三の構、下段に持ち、ひつさげたる心にして、敵の打ちかくる所を、下より手をはるなり。手をはる所を亦(また)敵、はる太刀を打ち落さんとする所を、こす拍子にて、敵打ちたるあと、二のうでを横にきる心なり。下段にて敵の打つ所を、一度に打ち留むる事なり。下段の構、道をはこぶに、はやき時も遅き時も出合ふものなり。太刀を取りて鍛錬有るべきなり。
現代語訳
第三の構えは下段で、太刀を提げ下ろした心持ちにして、敵が打ちかかってくるところを下から手を張る。その張ったところを、さらに敵が張った太刀を打ち落とそうとしてくるので、それを越す拍子で、敵が打ったあと、二の腕を横に斬る心持ちだ。下段の構えで敵の打ち込みを一度に打ち留めるのである。下段の構えは、動作を運ぶのに速いときも遅いときも役に立つものだ。太刀を取って鍛錬すべきである。
解説
五つの表の第三、下段の構えを説く一段です。太刀を低く提げ、敵の打ち込みに対して下から手を張り、相手の反応を「越す拍子」でとらえて二の腕を斬る、という一連の技が示されます。動作の説明が中心ですが、注目したいのは「下段は速いときも遅いときも役に立つ」という言葉です。下段は低く構えるぶん、状況の緩急どちらにも対応しやすい汎用性をもつ構えとされます。そして武蔵は繰り返し「書きつけを読むだけでは分からない、太刀を取って鍛錬せよ」と念を押します。技は文章でなく身体の反復で会得するもの――五つの表を貫く一貫した教えが、ここでも確認できます。基本の型それぞれの特性を理解し、体で覚えることの大切さを示す一段です。
この章句が説くこと
五つの表下段型の特性体で覚える汎用性拍子
関連する章句
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五輪書・水の巻第二の太刀、上段に構へ、敵打ちかくる所、一度に敵を打つなり。敵を打ちはづしたる太刀、其の儘置きて、又敵の打つ所を、下よりすくひ上げて打つ。今一ツ打つも同じ事なり。此の表の内に於ては、様々の心持、色々の拍子、此の表のうちを以て、一流の鍛錬をすれば、五ツの太刀の道こまやかに知つて、如何様(いかやう)にも勝つ所有り。稽古すべきなり。
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五輪書・水の巻第一の構、中段、太刀先を敵の顔へ付けて、敵に行き相(あ)ふ時、敵太刀打ちかくる時、右へ太刀をはづして乗り、又敵打ちかくる時、きつさきかへしにて打ち、うち落したる太刀其の儘置き、又敵の打ちかくる時、下より敵の手はる、是れ第一なり。総別、此の五ツの表、書き付くる斗(ばか)りにては合点なりがたし。五ツの表のぶんは、手にとつて太刀の道稽古する所なり。此の五ツの太刀筋にて、我太刀の道をも知り、如何様(いかやう)にも敵の打太刀知るる所なり。是れ二刀の太刀の構、五ツより外に有らずと知らする所なり。鍛錬すべきなり。
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五輪書・水の巻五方の構は、上段・中段・下段、右のわきに構ふる事、左のわきに構ふる事、是れ五方なり。構五ツに分つといへども、皆人をきらん為なり。構五ツより外はなし。何れの構なりとも、かまふるは思はず、きる事なりと思ふべし。構の大小はことにより、利にしたがふべし。上・中・下は体(たい)の構なり。両脇はゆう(用)の構なり。右左の構、うへのつまりて、わき一方つまりたる所などにての構なり。右左は所によりて分別有り。此の道の大事に曰く、構のきはまりは中段と心得べし。中段、構の本意(ほい)なり。兵法大きにして見よ、中段は大将の座なり。大将につき、あと四段の構なり。能々(よくよく)吟味すべし。
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五輪書・水の巻第五の次第、太刀の構、我右の脇に横に構へて、敵打ちかくる所のくらゐをうけ、我太刀の下の横よりすぢかへて、上段に振り上げ、上より直(すぐ)にきるべし。是も太刀の道能(よ)く知らん為なり。此のおもてにてふりつけぬれば、おもき太刀自由にふらるる所なり。此の五ツのおもてに於て、こまかに書き付くる事に非ず。我家の一通、太刀の道を知り、亦(また)大形拍子をも覚え、敵の太刀を見分くる事、先づ此の五ツにて、不断手をからす所なり。敵と戦ひの内にも、此の太刀すぢをからして、敵の心を受け、色々の拍子にて如何様(いかやう)にも勝つ所なり。能々(よくよく)分別すべし。
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五輪書・水の巻第四の構、左の脇に横に構へて、敵の打ちかくる手を、下よりはるべし。下よりはるを、敵打ち落さんとするを、手をはる心にて、其の儘太刀の道をうけ、我肩の上へすぢかひにきるべし。是れ太刀の道なり。又敵の打ちかくる時も、太刀の道をうけて勝つ道なり。能々(よくよく)吟味有るべし。
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五輪書・水の巻有㆑構無㆑構(かまへありてかまへなし)と云ふは、太刀を構ふると云ふ事、有るべき事に非ず。されども五方に置く事あれば、構へ共成るべし。太刀は敵の縁により、所により、けいきにしたがひ、何れの方に置きたりとも、其の敵きりよき様に持つ心なり。上段も時に随ひ、少しさがる心なれば中段となり、中段を利により少しあぐれば上段となる。下段もおりにふれ、少しあぐれば中段となる。両脇の構も、くらゐにより少し中へ出さば、中段・下段共なる心なり。然るに依て、構は有りて構は無きと云ふ理(ことわり)なり。先(ま)づ太刀を執りては、何れにしてなりとも、敵を切ると云ふ心なり。若(も)し敵の切る太刀を、受くる・はる・あたる・ねばる・さはるなど云ふ事あれども、皆皆敵を切る縁(えん)なりと心得べし。受くると思ひ、はると思ひ、あたると思ひ、ねばると思ひ、さはると思ふに依て、切る事不足なるべし。何事も切る縁と思ふ事肝要なり。能々吟味すべし。兵法大きにして、人数たてと云ふも構なり。皆合戦に勝つ縁なり。いつくと云ふ事悪し。能々工夫すべし。