五輪書 / 水の巻
五方の構は上段中段下段右のわきに構ふる事左のわきに構ふる事是五方也構五ツに分つと云へ共皆人をきらん為也構五ツより外はなし何れの構なり共かまふるは思はずきる事也と思ふべし構の大小はことにより利にしたがふべし上中下は体の構也両脇はゆうの構也右左の構うへのつまりてわき一方つまりたる所などにての構也右左は所によりて分別有此道の大事に曰く構のきはまりは中段と心得べし中段構の本意也兵法大きにして見よ中段は大将の座也大将につきあと四段の構也能々吟味すべし
書き下し
五方の構は、上段・中段・下段、右のわきに構ふる事、左のわきに構ふる事、是れ五方なり。構五ツに分つといへども、皆人をきらん為なり。構五ツより外はなし。何れの構なりとも、かまふるは思はず、きる事なりと思ふべし。構の大小はことにより、利にしたがふべし。上・中・下は体(たい)の構なり。両脇はゆう(用)の構なり。右左の構、うへのつまりて、わき一方つまりたる所などにての構なり。右左は所によりて分別有り。此の道の大事に曰く、構のきはまりは中段と心得べし。中段、構の本意(ほい)なり。兵法大きにして見よ、中段は大将の座なり。大将につき、あと四段の構なり。能々(よくよく)吟味すべし。
現代語訳
五つの構えとは、上段・中段・下段・右脇に構えること・左脇に構えること、この五方向である。構えを五つに分けるといっても、どれも人を斬るためのものだ。構えは五つより他にはない。どの構えであっても、「構える」ことにとらわれず、「斬る」ことなのだと思うべきだ。構えの大小は場合により、有利になるように従えばよい。上・中・下は「体(たい=本体)」の構え、両脇は「用(ゆう=はたらき)」の構えである。右左の構えは、上がつかえていたり、脇の一方がつかえている狭い場所などでの構えだ。右左は場所によって使い分けがある。この道の要点として、構えの極まりは中段だと心得よ。中段こそ構えの本意(本来のあり方)である。兵法を大きくして(合戦にあてはめて)見よ、中段は大将の座である。大将に従って、あとの四つの構えがある。よくよく吟味すべきである。
解説
五つの構えを解説する一段ですが、二つの重要な思想が示されます。一つは「構えることにとらわれるな、斬ることなのだと思え」という戒めです。構えは目的ではなく手段にすぎない。形(構え)に心が居着けば、肝心の「斬る」という目的を見失う。前段までの「居着き」の思想が構えにも貫かれています。もう一つが「中段こそ構えの本意」という中段中心主義です。武蔵は五つの構えを、本体である上・中・下と、はたらきである両脇に分け、その中でも中段を「大将の座」と位置づけます。合戦で大将が中央に座して全軍を統べるように、中段はすべての構えの基準であり、他の四つは中段を大将として従う部下のようなものだ、というのです。基本の型を全体の中心に据え、状況に応じて他を派生させる――型の理解と応用の関係を、組織になぞらえて示した洞察に富む一段です。
この章句が説くこと
五方の構中段構えにとらわれない型と応用大将の座目的本位
関連する章句
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五輪書・水の巻有㆑構無㆑構(かまへありてかまへなし)と云ふは、太刀を構ふると云ふ事、有るべき事に非ず。されども五方に置く事あれば、構へ共成るべし。太刀は敵の縁により、所により、けいきにしたがひ、何れの方に置きたりとも、其の敵きりよき様に持つ心なり。上段も時に随ひ、少しさがる心なれば中段となり、中段を利により少しあぐれば上段となる。下段もおりにふれ、少しあぐれば中段となる。両脇の構も、くらゐにより少し中へ出さば、中段・下段共なる心なり。然るに依て、構は有りて構は無きと云ふ理(ことわり)なり。先(ま)づ太刀を執りては、何れにしてなりとも、敵を切ると云ふ心なり。若(も)し敵の切る太刀を、受くる・はる・あたる・ねばる・さはるなど云ふ事あれども、皆皆敵を切る縁(えん)なりと心得べし。受くると思ひ、はると思ひ、あたると思ひ、ねばると思ひ、さはると思ふに依て、切る事不足なるべし。何事も切る縁と思ふ事肝要なり。能々吟味すべし。兵法大きにして、人数たてと云ふも構なり。皆合戦に勝つ縁なり。いつくと云ふ事悪し。能々工夫すべし。
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五輪書・水の巻第一の構、中段、太刀先を敵の顔へ付けて、敵に行き相(あ)ふ時、敵太刀打ちかくる時、右へ太刀をはづして乗り、又敵打ちかくる時、きつさきかへしにて打ち、うち落したる太刀其の儘置き、又敵の打ちかくる時、下より敵の手はる、是れ第一なり。総別、此の五ツの表、書き付くる斗(ばか)りにては合点なりがたし。五ツの表のぶんは、手にとつて太刀の道稽古する所なり。此の五ツの太刀筋にて、我太刀の道をも知り、如何様(いかやう)にも敵の打太刀知るる所なり。是れ二刀の太刀の構、五ツより外に有らずと知らする所なり。鍛錬すべきなり。
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五輪書・水の巻第三の構、下段に持ち、ひつさげたる心にして、敵の打ちかくる所を、下より手をはるなり。手をはる所を亦(また)敵、はる太刀を打ち落さんとする所を、こす拍子にて、敵打ちたるあと、二のうでを横にきる心なり。下段にて敵の打つ所を、一度に打ち留むる事なり。下段の構、道をはこぶに、はやき時も遅き時も出合ふものなり。太刀を取りて鍛錬有るべきなり。
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五輪書・水の巻第五の次第、太刀の構、我右の脇に横に構へて、敵打ちかくる所のくらゐをうけ、我太刀の下の横よりすぢかへて、上段に振り上げ、上より直(すぐ)にきるべし。是も太刀の道能(よ)く知らん為なり。此のおもてにてふりつけぬれば、おもき太刀自由にふらるる所なり。此の五ツのおもてに於て、こまかに書き付くる事に非ず。我家の一通、太刀の道を知り、亦(また)大形拍子をも覚え、敵の太刀を見分くる事、先づ此の五ツにて、不断手をからす所なり。敵と戦ひの内にも、此の太刀すぢをからして、敵の心を受け、色々の拍子にて如何様(いかやう)にも勝つ所なり。能々(よくよく)分別すべし。
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五輪書・水の巻第二の太刀、上段に構へ、敵打ちかくる所、一度に敵を打つなり。敵を打ちはづしたる太刀、其の儘置きて、又敵の打つ所を、下よりすくひ上げて打つ。今一ツ打つも同じ事なり。此の表の内に於ては、様々の心持、色々の拍子、此の表のうちを以て、一流の鍛錬をすれば、五ツの太刀の道こまやかに知つて、如何様(いかやう)にも勝つ所有り。稽古すべきなり。
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五輪書・水の巻身のかかり、顔はうつむかず、あをのかず、かたむかず、ひずまず、目をみださず、ひたいにしはをよせず、まゆあいにしわをよせて、目の玉のうごかざる様にして、またたきせぬ様に思ひて、目を少しすくめる様にして、うらやかに見ゆるかほ、鼻すぢ直(すぐ)にして、少しおとがひを出す心なり。首はうしろのすぢを直に、うなじに力を入れて、肩より総身はひとしく覚え、両の肩をさげ、背すぢをろくに、尻を出さず、ひざより足先まで力を入れて、腰のかがまざる様に、腹をはり、くさびをしむると云ひて、脇差のさやに腹をもたせて、帯のくつろがざる様に、くさびをしむると云ふ教(をしへ)有り。総て兵法の身に於て、常の身を兵法の身とし、兵法の身を常の身とする事肝要なり。能々(よくよく)吟味すべし。