五輪書 / 地の巻
士卒たる者は大工にして手づから其道具をとぎ色々のせめ道具をこしらへ大工の箱に入て持統領云付る所をうけ柱こうりやう共てうのにてけづりとこだなをもかんなにてけづりすかし物ほり物をもしてよくかねを糾しすみずみめんどう迄も手際能く仕立る所大工の法也大工のわざ手にかけて能くしおぼえすみかねを能知りて後は統領となる物也大工のたしなみ能きるる道具を持透々にとぐことが肝要也其道具をとつてみづし書棚机卓又はあんどんまないた鍋のふた迄も達者にする所大工の専なり士卒たる者このごとく也能々吟味有べし 大工のたしなみひずまざる事とめをあはする事かんなにて能くけづる事すりみがかざる事後にひすかざる事肝要也 此道を学ばんと思はば書顕す所のことごとに心を入て能吟味有べきもの也
書き下し
士卒たる者は大工にして、手づから其の道具をとぎ、色々のせめ道具をこしらへ、大工の箱に入れて持ち、統領の云ひ付くる所をうけ、柱・こうりやう(梁)共に、てうの(手斧)にてけづり、とこだなをもかんなにてけづり、すかし物・ほり物をもして、よくかねを糾し、すみずみめんだう迄も手際よく仕立つる所、大工の法なり。大工のわざ、手にかけて能(よ)くし覚え、すみかねを能く知りて後は、統領となる物なり。大工のたしなみ、能く切るる道具を持ち、透々(すきずき)にとぐ事が肝要なり。其の道具をとつて、みづし(御厨子)・書棚・机・卓、又はあんどん・まないた・鍋のふた迄も達者にする所、大工の専(せん)なり。士卒たる者、このごとくなり。能々(よくよく)吟味有るべし。大工のたしなみ、ひずまざる事、とめをあはする事、かんなにて能くけづる事、すりみがかざる事、後にひすかざる事、肝要なり。此の道を学ばんと思はば、書き顕す所のことごとに心を入れて、能く吟味有るべきものなり。
現代語訳
兵卒たる者は、いわば現場の大工である。自ら道具を研ぎ、さまざまの攻め道具をこしらえ、道具箱に入れて持ち、棟梁の指図を受けて、柱も梁も手斧で削り、床棚も鉋で削り、透かし彫りや彫り物もして、寸法をよく正し、隅々の面倒なところまで手際よく仕立てる――これが大工の仕事だ。その技を身につけてよく習い覚え、寸法をよく知ったうえで、やがて棟梁となるのである。大工の心得は、よく切れる道具を持ち、暇があればいつも研いでおくことが肝要だ。その道具を手に取って、厨子・書棚・机・卓、さらには行灯・まな板・鍋の蓋まで達者にこなす、それが大工の本分である。兵卒もこれと同じだ。よくよく吟味すべきである。大工の心得として、木を歪ませないこと、留め(接合部)をきちんと合わせること、鉋でよく削ること、(見えない裏まで)磨きすぎないこと、後で狂わせないこと――これらが肝要だ。この道を学ぼうと思うなら、書き記すことの一つ一つに心を入れて、よく吟味すべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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五輪書・地の巻大将は大工の統領(とうりやう)として、天下のかねを弁へ、其の国のかねを糾し、其の家のかねを知る事、統領の道なり。大工の統領は、堂塔伽藍のすみかねを覚え、くうでん・ろうかくのさしづを知り、人々をつかひ、家々を取立つる事、大工の統領も武家の統領も同じ事なり。家を立つるに木配りをする事、直(すぐ)にして節もなく見つきのよきを表の柱とし、少し節有りとも直につよきをうちの柱とし、たとひかよわくとも節なき木の見ざまよきをば、敷居・鴨居・戸障子と夫々(それぞれ)に遣ひ、節有りとも歪みたりとも強き木をば、其の家の強み強みを見分けて、能(よ)く吟味して遣ふに於ては、其の家久しく崩れがたし。又材木のうちにしても、節多く歪みて弱きをば、あししろ共なし、後には薪共なすべきなり。統領に於て大工を遣ふ事、其の上中下を知り、或はとこまはり、或は戸障子、或は敷居・鴨居・天井以下、夫々に遣ひて、あしきは根太(ねだ)をはらせ、猶悪きにはくさびをけづらせ、人を見分けて遣へば、其のはか行きて手際よきものなり。果敢(はか)の行き手際よきを云ふ所、物毎をゆるさざる事、たいゆう、気の上中下を知る事、いさみを付くると云ふ事、むたいを知るといふ事、箇様(かやう)の事共、統領の心持に有る事なり。兵法の利かくのごとし。
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五輪書・地の巻漢土(かんど)和朝までも、此の道を行なふ者を兵法の達者と云ひ伝へたり。武士として此の法を学ばずと云ふ事有るべからず。近代、兵法者と云ひて世を渡る者、是れは剣術一通りの事なり。常陸国かしま・かんとりの社人ども、明神の伝へとして流々をたてて国々を回り、人に伝ふる事、近き頃の儀なり。古(いに)しへより十能七芸と有るうちに、利方(りかた)と云ひて芸にわたると云へども、利方と云ひ出すより、剣術一通りにかぎるべからず。剣術一へんの利までにては、剣術も知りがたし。勿論、兵の法には叶ふべからず。世の中を見るに、諸芸を売り物にしたて、我身を売り物のやうに思ひ、諸道具につけても売り物にこしらへる心、花・実の二ツにして、花よりも実のすくなき所なり。とりわき此の兵法の道に色をかざり花をさかせて術をてらひ、或は一道場、或は二道場など云ひて、此の道を教へ、此の道を習ひて利を得んと思ふ事、誰か云ふ、なまひやうはふ大疵(おほきず)のもと、まことなるべし。凡(およ)そ人の世を渡る事、士農工商とて四ツの道なり。(中略)三ツには士の道、武士に於てはさまざまの兵具をこしらへ、兵具しなじなの徳を弁へたらんこそ武士の道なるべけれ。兵具をもたしなまず、其の具々の利をも覚えざる事、武家は少々たしなみのあさきものか。(中略)兵法を大工の道にたとへて云ひあらはすなり。(中略)兵の法を学ばんと思はば、此の書を思案して、師ははり、弟子は糸と成りて、たえず稽古有るべき事なり。
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五輪書・地の巻此の道に於て、太刀を振り得たる者を兵法者と、世に言ひ伝へたり。武芸の道に至りて、弓を能く射れば射手と云ひ、鉄砲を得たる者は鉄砲打ちと云ふ。槍を遣ひ得ては槍遣ひと云ひ、長刀を覚えては長刀遣ひと云ふ。然るに於ては、太刀の道を覚えたる者を、太刀遣ひ・脇差遣ひといはん事なり。弓・鉄砲・槍・長刀、皆是れ武家の道具なれば、いづれも兵法の道なり。然(しか)れども、太刀よりして兵法と云ふ事、道理なり。太刀の徳よりして、世を納め身を納むる事なれば、太刀は兵法のおこる所なり。太刀の徳を得ては、一人して十人に勝つ事なり。一人にして十人に勝つなれば、百人して千人に勝ち、千人にして万人に勝つ。然るによつて、我一流の兵法に、一人も万人も同じ事にして、武士の法を残らず兵法と云ふ所なり。道に於て、儒者・仏者・数寄者・しつけ者・乱舞者、此等の事は武士の道にはなし。其の道に有らずと云ふとも、道を広く知れば、物事に出あふ事なり。何れも人間(じんかん)に於て、我道我道を能(よ)く磨く事肝要なり。
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五輪書・地の巻夫(そ)れ兵法と云ふ事、武家の法なり。将たる者はとりわき此の法を行ひ、卒たる者も此の道を知るべき事なり。今、世の中に兵法の道慥(たしか)に弁(わきま)へたるといふ武士なし。先(ま)づ道を顕して有るは、仏法として人をたすくる道、又儒道として文(ぶん)の道を糾し、医者といひて諸病を治する道、或は歌道者とて和歌の道ををしへ、或は数寄者(すきしや)・弓法者、其の外諸芸諸能までも、思ひ思ひに稽古し、こころこころにすくものなり。兵法の道にはすく人まれなり。先づ武士は文武二道と云ひて、二ツの道を嗜む事、是れ道なり。縦(たと)ひ此の道ぶきようなりとも、武士たるものはおのれおのれが分際程は、兵の法をばつとむべき事なり。大形(おほかた)武士の思ふ心をはかるに、武士は只死ぬると云ふ道を嗜む事と覚ゆる程の儀なり。死する道に於ては、武士ばかりに限らず、出家にても、女にても、百姓以下に至るまで、義理を知り恥を思ひ、死するべきを思ひきる事は、其の差別なきものなり。武士の兵法をおこなふ道は、何事に於ても大にすぐるる所を本とし、或は一身の切合にかち、或は数人の戦に勝ち、主君の為、我身の為、名をあげ身をたてんと思ふ、是れ兵法の徳をもつてなり。又世の中に兵法の道をならひても、実の時の役にはたつまじきと思ふ心あるべし。其の儀に於ては、何時にても役に立つやうに稽古し、万事に至り役に立つ様に教ゆる事、是れ兵法の実の道なり。
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五輪書・地の巻武道具の利をわきまふるに、何れの道具にても、おりにふれ、時にしたがひ、出合ふものなり。脇差は座のせまき所、敵の身ぎはへよりて、其の利多し。太刀は何れの所にても、大形(おほかた)出合ふ利有り。長刀は戦場にては槍におとる心有り。槍は先手なり、長刀は後手なり。同じ位のまなびにしては、槍は少し強し。槍・長刀も、事によりつまりたる所にては、其の利少し。取籠り者などにも然るべからず。只戦場の道具なるべし。弓は合戦の場にて、かけひきにも出合ひ、槍わき其の外、物きは物きはにて、はやく取り合ひするものなれば、野相(のあひ)の合戦などにとりわきよき物なり。城攻めなど、又敵相二十間をこえては、不足なるものなり。当世に於ては、弓は申すに及ばず、諸芸花多くして実少なし。左様の芸能は、肝要の時役に立ちがたし。鉄砲、其の利多し。城廓の内にしては、鉄砲にしく事なし。野相などにても、合戦のはじまらぬうちは、其の利多し。戦はじまりては不足なるべし。弓の一の徳は、放つ矢、人の目に見えてよし。鉄砲の玉は、目に見えざる所、不足なり。此の儀、能々(よくよく)吟味有るべきなり。馬の事、つよくこたへて、くせなき事肝要なり。総て武道具につけ、馬も大形にありき、刀・脇差も大形にきれ、槍・長刀も大形にとほり、弓・鉄砲もつよくそこねざる様に有るべし。道具以下にも、かたわけてすく事有るべからず。あまりたる事は、たらぬと同じ事なり。人まねをせずとも、我身に随ひ、武道具は手にあふ様に有るべし。将卒共に、物にすき物を嫌ふ事悪し。工夫肝要なり。
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五輪書・地の巻物毎に付き拍子は有るものなれども、とりわけ兵法の拍子、鍛錬なくては及びがたき所なり。世の中の拍子あらはれて有る事、乱舞の道、れい人(伶人)管絃の拍子など、是れ皆能く合ふ所のろくなる拍子なり。武芸の道にわたりて、弓を射、鉄砲を放ち、馬に乗る事迄も、拍子・調子は有り。諸芸諸能に至りても、拍子をそむく事は有るべからず。又空なる事に於ても拍子は有り。武士の身の上にして、奉公に身をしあぐる拍子・しさぐる拍子、筈のあふ・筈のちがふ拍子有り。或は商の道、分限になる拍子・分限にても其のたゆる拍子、道々に付けて拍子の相違有る事なり。物毎のさかゆる拍子・おとろふる拍子、能々(よくよく)分別すべし。兵法の拍子に於て様々有る事なり。先(ま)づあふ拍子を知つて、ちがふ拍子を弁へ、大小・遅速の拍子の中にも、あたる拍子を知り、間(ま)の拍子を知り、背く拍子を知る事、兵法の専(せん)なり。此の背く拍子、弁へ得ずしては、兵法たしかならざる事なり。兵法の戦に、其の敵其の敵の拍子を知り、敵の思ひよらざる拍子を以て、空の拍子を智恵の拍子より発して勝つ所なり。何れの巻にも、拍子の事を専ら書き記すなり。其の書付の吟味をして、能々鍛錬すべきものなり。