五輪書 / 地の巻
大将は大工の統領として天下のかねを弁へ其国のかねを糾し其家のかねを知る事統領の道也大工の統領は堂塔伽藍のすみかねを覚えくうでんろうかくのさしづを知り人々をつかひ家々を取立る事大工の統領も武家の統領も同じ事也家を立るに木配りをする事直にして節もなく見つきのよきを表の柱とし少し節有り共直につよきをうちの柱としたとひかよわくとも節なき木の見ざまよきをば敷居鴨居戸障子と夫々に遣ひ節有り共ゆがみたり共強き木をば其家の強み強みを見分て能吟味して遣ふに於ては其家久しくくづれがたし又材木のうちにしても節多くゆがみて弱きをばあししろ共なし後には薪共なすべき也 統領に於て大工を遣ふ事其上中下を知り或はとこまはり或は戸障子或は敷居鴨居天井以下夫々に遣ひてあしきは根太をはらせ猶悪きにはくさびをけづらせ人を見分て遣へば其はか行て手際よきもの也果敢の行き手際よきを云ふ所物毎をゆるさざる事たいゆう知事気の上中下を知る事いさみを付ると云事むたいを知るといふ事箇様の事共統領の心持に有事也 兵法の利かくのごとし
書き下し
大将は大工の統領(とうりやう)として、天下のかねを弁へ、其の国のかねを糾し、其の家のかねを知る事、統領の道なり。大工の統領は、堂塔伽藍のすみかねを覚え、くうでん・ろうかくのさしづを知り、人々をつかひ、家々を取立つる事、大工の統領も武家の統領も同じ事なり。家を立つるに木配りをする事、直(すぐ)にして節もなく見つきのよきを表の柱とし、少し節有りとも直につよきをうちの柱とし、たとひかよわくとも節なき木の見ざまよきをば、敷居・鴨居・戸障子と夫々(それぞれ)に遣ひ、節有りとも歪みたりとも強き木をば、其の家の強み強みを見分けて、能(よ)く吟味して遣ふに於ては、其の家久しく崩れがたし。又材木のうちにしても、節多く歪みて弱きをば、あししろ共なし、後には薪共なすべきなり。統領に於て大工を遣ふ事、其の上中下を知り、或はとこまはり、或は戸障子、或は敷居・鴨居・天井以下、夫々に遣ひて、あしきは根太(ねだ)をはらせ、猶悪きにはくさびをけづらせ、人を見分けて遣へば、其のはか行きて手際よきものなり。果敢(はか)の行き手際よきを云ふ所、物毎をゆるさざる事、たいゆう、気の上中下を知る事、いさみを付くると云ふ事、むたいを知るといふ事、箇様(かやう)の事共、統領の心持に有る事なり。兵法の利かくのごとし。
現代語訳
大将は大工の棟梁のようなものだ。天下の基準(かね)を弁え、その国の基準を正し、その家の基準を知る――これが棟梁の道である。大工の棟梁は堂塔伽藍の寸法(墨金)を覚え、宮殿や楼閣の設計を知り、大勢の職人を使って建物を建て上げる。大工の棟梁も武家の棟梁も、やることは同じだ。家を建てるときの木の配り方はこうである。まっすぐで節がなく見栄えのよい木は表の柱に。少し節があってもまっすぐで強い木は内側の柱に。たとえ弱くても節がなく見た目のよい木は、敷居・鴨居・戸障子にそれぞれ使う。節があり歪んでいても強い木は、その家の要所要所に強みとして使う。こうして木をよく見分けて吟味して使えば、家は長く崩れない。また材木のうち、節が多く歪んで弱いものは足場に使い、最後は薪にすればよい。棟梁が職人を使うときは、その腕の上・中・下を知り、床回り・戸障子・敷居鴨居・天井などにそれぞれ配し、下手な者には根太を張らせ、さらに劣る者には楔を削らせ、人を見分けて使えば、仕事がはかどって手際がよい。仕事がはかどり手際がよいためには、ものごとに妥協しないこと、大事な要点を押さえること、職人の気力の上中下を知ること、励ましを与えること、無理を承知しておくこと――こうしたことが棟梁の心得にある。兵法の理もこれと同じである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・政理子產、鄭に相たり。簡公、子產に謂いて曰く、「內政は出す毋かれ、外政は入る毋かれ。夫れ衣裘の美ならざる、車馬の飾らざる、子女の潔からざるは、寡人の醜なり。國家の治まらざる、封疆の正しからざるは、夫子の醜なり。」子產、鄭に相たり、簡公の身を終うるまで、內には國中の亂無く、外には諸侯の患無し。子產の政に從うや、能を擇びて之を使う。馮簡子は事を斷ずるに善く、子太叔は決するに善くして文あり、公孫揮は四國の為す所を知りて其の大夫の族姓を辨じ、變じて立ちどころに至り、又善く辭令を為す。裨諶は謀るに善く、野に於ては獲るも邑に於ては否らず。事有れば乃ち裨諶を載せて之と野に適き、謀りて可否を使め、告げて馮簡子をして之を斷ぜしめ、公孫揮をして之が辭令を為さしめ、成りて乃ち子太叔受けて之を行わしめ、以て賓客に應對す。是を以て鮮に敗事有り。
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説苑・修文天子諸侯事無ければ則ち歲に三たび田す、一を乾豆と為し、二を賓客と為し、三を君の庖に充つと為す。事無くして田せざるを、不敬と曰い、田するに禮を以てせざるを、天物を暴うと曰う。天子は合圍せず、諸侯は群を揜わず。天子殺せば則ち大緌を下し、諸侯殺せば則ち小緌を下し、大夫殺せば則ち佐轝を止め、佐轝止まれば則ち百姓畋獵す。獺魚を祭りて、然る後漁人澤梁に入る。鳩化して鴈と為りて、然る後罻羅を設く。草木零落して、然る後山林に入る。昆蟲蟄せざれば火田せず、麛せず卵せず、殀夭せず、巢を覆さず。此れ皆聖人上に在り、君子位に在り、能者職に在るは、大德の發する所なり。是の故に皋陶大理と為るや、民各おの服して其の實を得。伯夷禮を主どり、上下皆讓る。倕工師と為り、百工功を致す。益虞を主どり、山澤辟き成る。棄稷を主どり、百穀時に茂る。契司徒を主どり、百姓親和す。龍賓客を主どり、遠人至る。十二牧行われて、九州敢えて僻違せず。禹九澤を陂き、九道を通じ、九州を定め、各おの其の職を以て來貢し、厥の宜しきを失わず、方五十里より荒服に至る。南は交趾・大發を撫し、西は析支渠・搜氐羌に、北は山戎・肅慎に至り、東は長夷・島夷に至り、四海の內皆帝舜の功を戴く。是に於て禹乃ち九韶の樂を興し、異物を致し、鳳凰來翔し、天下德を明らかにするなり。
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事惣して役儀は其人の得手不得手ある事なり、不得手なる役に申付たるときは役儀の捌き宜しからさるなり、さるに依て之を替んとすれは席を上くるか下くるかせねは役替られぬなり、上かりの役に申付たるは立身になる、下かりの役に申付たるは、その人のいつくするもとより褒美歟、又は懲しめのためならは、あけてもよけんとも、只其人の得手なるむきに、換ゆるまてのことにて、別に褒美にても、懲しめにてもなきに、席を上け下けすること、詮もなきこと、又害も有なり、然れは同席の役をいくつも拵へ置く時は此の差支なきなり、されとも当時は席に名無く、唯〻此役の席と云ふことなる故、役と席とを別々にすへきやうなし、其上席に名を付け置さる故、混乱して、紛はしかるへし、
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『晏子春秋』問上・景公問古之蒞國者任人如何晏子對以人不同能景公、晏子に問いて曰く、「古の国に蒞み民を治むる者は、其の人に任ずること何如」と。晏子対えて曰く、「地は生を同じくせざるに、之に任ずるに一種を以てし、其の倶に生ぜんことを責むるも得可からず。人は能を同じくせざるに、之に任ずるに一事を以てし、遍く成さんことを責む可からず。責めて已む無く、智者も給する能わざる有り。求めて饜く無く、天地も贍す能わざる有り。故に明王の人に任ずるや、諂諛は左右に邇づかず、阿党は本朝に治せず。人の長に任じて、其の短を強いず。人の工に任じて、其の拙を強いず。此れ人に任ずるの大略なり」と。

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