艮斎閑話抄録 / 平家の語りに涙した上杉謙信と天徳寺
古の英雄は其心忠實にて、物事苟且ならず、一言を聞一行を見て心に感徹し義理と契合す、上杉謙信嘗て琵琶法佛の彈唱を聽、源義家は禁廷に怪鳥鳴しを弓の絃音のみにて是を制伏す、源三位賴政は鵺を親射落し、從士刀を以刺殺し漸く制服す、義家より僅五十年ばかり後なるに弓矢の威衰ふるかくの如し、此輝虎は四百年も後世なればさぞや弓矢は劣りたらんと落淚せり、是は其心日武道を練磨する心より琵琶法師の彈唱にても直に感徹す、佐野の城主天德寺と云大將は、軍中にて琵琶法師の平家を語り、宇治川の一段を聽しに、麾下の兵士は髀を拊掌を撫面白しと歡呼せしが、天德寺は落淚數行に及べり、其次に那須野與市が扇の的を語りしかば、兵士益欣躍歡呼せしに、天德寺は愈流涕嗚咽顏を仰ぐあたはず、曲闋し後、兵士其故を尋ねしが、天德寺長大息して、諸士の此曲を聽て歡喜するは失望のとなり、能考へ見るべし、佐々木高綱賴朝より池月と云名馬を賜はりて、宇治川の先陣に梶原の迹にならんには、何の面目ありて賴朝を見んや、必敵陣に入戰死すべし、武士の心は古今の異なし、今此所を思ひば面白き所にあらず、哀になり覺へず落淚に及べり、
新字:古の英雄は其心忠実にて、物事苟且ならず、一言を聞一行を見て心に感徹し義理と契合す、上杉謙信嘗て琵琶法仏の弾唱を聴、源義家は禁廷に怪鳥鳴しを弓の絃音のみにて是を制伏す、源三位頼政は鵺を親射落し、従士刀を以刺殺し漸く制服す、義家より僅五十年ばかり後なるに弓矢の威衰ふるかくの如し、此輝虎は四百年も後世なればさぞや弓矢は劣りたらんと落涙せり、是は其心日武道を練磨する心より琵琶法師の弾唱にても直に感徹す、佐野の城主天徳寺と云大将は、軍中にて琵琶法師の平家を語り、宇治川の一段を聴しに、麾下の兵士は髀を拊掌を撫面白しと歓呼せしが、天徳寺は落涙数行に及べり、其次に那須野与市が扇の的を語りしかば、兵士益欣躍歓呼せしに、天徳寺は愈流涕嗚咽顔を仰ぐあたはず、曲闋し後、兵士其故を尋ねしが、天徳寺長大息して、諸士の此曲を聴て歓喜するは失望のとなり、能考へ見るべし、佐々木高綱頼朝より池月と云名馬を賜はりて、宇治川の先陣に梶原の迹にならんには、何の面目ありて頼朝を見んや、必敵陣に入戦死すべし、武士の心は古今の異なし、今此所を思ひば面白き所にあらず、哀になり覚へず落涙に及べり、
書き下し
古の英雄は其心忠實にて、物事苟且ならず、一言を聞一行を見て心に感徹し義理と契合す、上杉謙信嘗て琵琶法佛の彈唱を聽、源義家は禁廷に怪鳥鳴しを弓の絃音のみにて是を制伏す、源三位賴政は鵺を親射落し、從士刀を以刺殺し漸く制服す、義家より僅五十年ばかり後なるに弓矢の威衰ふるかくの如し、此輝虎は四百年も後世なればさぞや弓矢は劣りたらんと落淚せり、是は其心日武道を練磨する心より琵琶法師の彈唱にても直に感徹す、佐野の城主天德寺と云大將は、軍中にて琵琶法師の平家を語り、宇治川の一段を聽しに、麾下の兵士は髀を拊掌を撫面白しと歡呼せしが、天德寺は落淚數行に及べり、其次に那須野與市が扇の的を語りしかば、兵士益欣躍歡呼せしに、天德寺は愈流涕嗚咽顏を仰ぐあたはず、曲闋し後、兵士其故を尋ねしが、天德寺長大息して、諸士の此曲を聽て歡喜するは失望のとなり、能考へ見るべし、佐々木高綱賴朝より池月と云名馬を賜はりて、宇治川の先陣に梶原の迹にならんには、何の面目ありて賴朝を見んや、必敵陣に入戰死すべし、武士の心は古今の異なし、今此所を思ひば面白き所にあらず、哀になり覺へず落淚に及べり、
現代語訳
古の英雄は、その心が忠実で、物事をいい加減にせず、一言を聞き一つの行いを見ても心に深く感じ、義理と合致しました。上杉謙信はかつて琵琶法師の弾き語りを聴き、(次のように語りました。)源義家は朝廷に怪鳥が鳴いた時、弓の弦の音だけでこれを制伏した。源三位頼政は鵺を自ら射落としたが、従者が刀で刺し殺して、ようやく制服した。義家からわずか五十年ばかり後なのに、弓矢の威が衰えることはこのとおりだ。この輝虎(謙信)は四百年も後の世だから、さぞ弓矢は劣っているだろうと、落涙しました。これは、その心が日々武道を練磨する心であるため、琵琶法師の弾き語りでもすぐに感じ入ったのです。佐野の城主、天徳寺という大将は、軍中で琵琶法師が平家を語り、宇治川の一段を聴きました。麾下の兵士は、腿を打ち、手を打ち、面白いと歓呼しましたが、天徳寺は涙を数行流しました。その次に、那須野与市が扇の的を射る段を語ると、兵士はますます躍り上がって歓呼しましたが、天徳寺はいよいよ涙を流してむせび泣き、顔を上げられませんでした。曲が終わった後、兵士がその訳を尋ねると、天徳寺は長く嘆息して、あなた方がこの曲を聴いて喜ぶのは失望することだ、よく考えてみよ、と言いました。佐々木高綱は頼朝から池月という名馬を賜り、宇治川の先陣で、梶原の後塵を拝することになったら、何の面目があって頼朝に会えようか、必ず敵陣に入って戦死しようと思った。武士の心は昔も今も変わらない。今この所を思えば、面白い所ではない。哀れになり、思わず涙が落ちたのだ、と述べました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』諫上・景公衣狐白裘不知天寒晏子諫景公の時、雨雪三日にして霽れず。公、狐白の裘を被て、堂の側の陛に坐す。晏子入り見え、立つこと間有り。公曰く、「怪しきかな。雨雪三日にして天寒からず」と。晏子対えて曰く、「天、寒からざるか」と。公笑う。晏子曰く、「嬰聞く、古の賢君は、飽きて人の飢えを知り、温かにして人の寒きを知り、逸にして人の労を知る、と。今、君は知らざるなり」と。公曰く、「善し。寡人、命を聞けり」と。乃ち裘を出し粟を発し、飢寒に与えしむ。塗に睹る所の者は其の郷を問う無く、裡に睹る所の者は其の家を問う無く、国を循りて数を計り、其の名を言う無からしむ。士の既に事える者には兼月、疾む者には兼歳。孔子之を聞きて曰く、「晏子は能く其の欲する所を明らかにし、景公は能く其の善しとする所を行う」と。
-
『春秋左氏伝』昭公四年 人と欲を同じくす殷は是を以って隕(お)ち、周は是を以って興る。夫れ豈に諸侯を爭はんや」と。乃ち楚の使を許す。叔向をして對へしめて曰く、「寡君社稷の事有り、是を以って春秋の時に諸侯に見ゆるを獲ず。君實に之を有(たも)つ、何ぞ命を辱くせん」と。椒舉遂に昏を請ふ。晉侯之を許す。楚子子產に問ひて曰く、「晉は其れ我に諸侯を許さんか」と。對へて曰く、「君に許さん。晉君は少安を事とし、諸侯に在らず。其の大夫は求むること多く、其の君を匡すこと莫し。宋の盟に在りて、又一の如しと曰ふ。若し君に許さずんば、將た焉んぞ之を用ゐん」と。王曰く、「諸侯其れ來らんか」と。對へて曰く、「必ず來らん。宋の盟に從ひ、君の歡を承け、大國を畏れず。何の故に來らざらん。來らざる者は、其れ魯・衛・曹・邾か。曹は宋を畏れ、邾は魯を畏れ、魯・衛は齊に偪(せま)られて晉に親しむ。唯だ是れ來らず。其の餘は君の及ぶ所なり、誰か敢へて至らざらん」と。王曰く、「然らば則ち吾が求むる所の者、可ならざる無きか」と。對へて曰く、「逞(こころよ)きを人に求むるは、不可なり。人と欲を同じくせば、盡く濟らん」と。
-
『法句経』第十 刀杖の部 一三一・一三二 群生は楽を欣ぶ一三一 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害ひ、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ず。 一三二 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害はずして、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ん。
-
『講孟余話』梁惠王上 第二章賢者にして而る後に此れを楽しむ、不賢者は此れ有りと雖も楽しまざるなり。此の章に於て楽と云ふことを発明すべし。文王の楽は台池鳥獣を楽しむに非ず、民の楽しむを楽しむなり。民の楽も亦台池鳥獣を楽しむに非ず、乃ち文王の楽しむを楽しむなり。君民上下互ひに其の楽を楽しむ、是れを偕に楽しむと云ふ。桀の楽しみは是れに反す。其の楽しむこと台池鳥獣にありて、民と偕にせず、故に独楽と云ふ。今人酒を楽しむ者あり、色を楽しむ者あり、奕を楽しむ者あり、茶を楽しむ者あり、其の他百千の楽しむ所枚挙に暇あらず、是れ皆桀の徒なり。苟も文王の楽を楽しまんとならば、父子相楽しみ、君臣相楽しみ、兄弟親族朋友郷党相楽しむの境を自得せば、豈に楽しからずや。然れども今諸君と獄に繋がれ、此の楽しみ万々望みなし。但だ相共に斯の道を研究し、縲紲牢狴の何物たるを知らざるに至らば、豈に楽の楽に非ずや。願はくは諸君と偕に是れを楽しまん。
-
易経・中孚卦初九の虞りて吉は、志未だ変ぜざればなり。其の子之に和すとは、中心より願ふなり。可(ある)いは鼓し或いは罷むとは、位当らざればなり。馬匹亡ふとは、類を絶ちて上るなり。孚有りて攣如たりとは、位正当なればなり。翰音天に登るとは、何ぞ長かるべけんや。
-
孟子・梁惠王章句下莊暴、孟子に見えて、曰く、「暴、王に見ゆ。王、暴に語ぐるに樂を好むを以てす。暴未だ以て對うる有らざるなり。」曰く、「樂を好むこと何如。」孟子曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊國は其れ庶幾からんか。」他日、王に見えて曰く、「王嘗て莊子に語ぐるに樂を好むを以てすと。諸れ有るか。」王色を變じて曰く、「寡人能く先王の樂を好むに非ざるなり。直だ世俗の樂を好むのみ。」曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊は其れ庶幾からんか。今の樂は猶ほ古の樂のごときなり。」曰く、「聞くことを得可きか。」曰く、「獨り樂を樂しむと、人と樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「人と與にするに若かず。」曰く、「少と與に樂を樂しむと、衆と與に樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「衆と與にするに若かず。」「臣請う、王の為に樂しみを言わん。今、王、此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲・管籥(カン・ヤク)の音を聞き、舉(みな)首を疾ましめ頞(アツ)を蹙(しかめる)めて、相告げて曰く、『吾が王の鼓樂を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄(ウ・ボウ)の美を見て、舉首を疾ましめ頞を蹙めて相告げて曰く、『吾が王の田獵を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』此れ他無し、民と樂を同じくせざればなり。今、王此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲、管籥の音を聞き、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く鼓樂せんや。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄の美を見て、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く田獵せんや。』此れ他無し、民と樂を同じうすればなり。今、王、百姓と樂同じうすれば、則ち王たらん。」

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る