五行大義 / 題五行大義後
五行大義五卷。隋蕭吉撰。案隋書本傳。載其著述之目。而獨不及此書。魏鄭公偶未之見耳。唐宋藝文志。亦不著錄。豈早逸於彼歟。書中所論。皆陰陽五行之事。不過漢儒餘論。然其文章醇古。非復唐以下所能爲。而其所援證。往往有佚亡之書。今不可得見者。且蕭以陰陽算術著稱。見其本傳。則此書之出蕭手。萬無一疑。世之相距。千有餘年。而此書獨完然乎我焉。其亦奇矣。安得不校而傳之乎。己未竹醉日。天瀑識。
新字:五行大義五巻。隋蕭吉撰。案隋書本伝。載其著述之目。而独不及此書。魏鄭公偶未之見耳。唐宋芸文志。亦不著録。豈早逸於彼歟。書中所論。皆陰陽五行之事。不過漢儒余論。然其文章醇古。非復唐以下所能為。而其所援証。往往有佚亡之書。今不可得見者。且蕭以陰陽算術著称。見其本伝。則此書之出蕭手。万無一疑。世之相距。千有余年。而此書独完然乎我焉。其亦奇矣。安得不校而伝之乎。己未竹酔日。天瀑識。
書き下し
五行大義五巻、隋の蕭吉撰す。案ずるに『隋書』本伝、その著述の目を載すれども、独り此の書に及ばず。魏鄭公(ぎていこう)偶(たま)たま未だ之を見ざるのみ。唐・宋の芸文志も、亦た著録せず。豈に早く彼に逸せしか。書中論ずる所は、皆陰陽五行の事にして、漢儒の余論に過ぎず。然れどもその文章醇古にして、復た唐以下の能く為す所に非ず。而してその援証する所、往往にして佚亡の書、今得て見るべからざる者有り。且つ蕭は陰陽算術を以て著称せらるること、その本伝に見ゆ。則ち此の書の蕭の手に出づること、万に一の疑い無し。世の相距(へだ)たること千有余年にして、此の書独り完然として我に在り。其れ亦た奇なり。安んぞ校して之を伝えざるを得んや。己未(きび)竹酔日(ちくすいじつ)、天瀑識す。
現代語訳
『五行大義』五巻は、隋の蕭吉が著したものである。調べてみると、『隋書』の蕭吉の伝には、その著作の目録が載っているが、この書だけは挙げられていない。魏鄭公(『隋書』の編纂を主導した唐の魏徴)がたまたま見なかっただけであろう。唐・宋の史書の芸文志にも記録されていない。あちら(中国)では早くに失われてしまったのだろうか。この書で論じていることは、みな陰陽五行のことであり、漢代の儒者の議論の名残にすぎない。しかしその文章は純粋で古風であり、唐より後の時代の人に書けるものではない。そしてその引用して証とするものには、しばしば散逸してしまい、今では見ることのできない書物がある。そのうえ蕭吉が陰陽と算術で名高かったことは、その本伝に見える。とすれば、この書が蕭吉の手になることは、万に一つの疑いもない。書が著されてから千年余りを隔てて、この書だけが完全な形でわが国に残っている。なんと不思議なことではないか。どうして校訂してこれを世に伝えずにいられようか。己未の年(寛政十一年、一七九九年)の竹酔日(陰暦五月十三日)、天瀑が記す。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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五行大義・序上儀同三司・城陽郡開国公、蕭吉(しょうきつ)撰す。 夫(そ)れ五行は、蓋(けだ)し造化の根源、人倫の資始(しし)にして、万品(ばんぴん)その変易を稟(う)け、百霊その感通に因る。陰陽に本づき、精像に散じ、天地に周竟(しゅうきょう)し、幽明に布極す。子午卯酉(しごぼうゆう)を経緯と為し、八風六律を綱紀と為す。故に天に五度有りて以て象を垂れ、地に五材有りて以て用に資し、人に五常有りて以て徳を表す。万有森羅するも、五を以て度と為す。その五を過ぐる者は、数則ち変ず。実に五気に資りて、四序を均和し、百品を孕育(よういく)し、万物を陶鋳(とうちゅう)す。善なれば則ち五徳順行して、三霊炳曜(へいよう)し、悪なれば則ち九功革(あらた)まらずして、六沴(りくれい)互いに興る。始めを原(たず)ね終わりを要(もと)むるも、萌兆を究むること靡(な)し。是を以て聖人は未だ肇(はじ)まらざるに体し、故に言を設けて以て象を筌(せん)し、象を立てて以て事を顕す。事既に懸かに有れば、象を以て知るべし。象あれば則ち滋(じ)あり、滋あるが故に数を生ず。数なれば則ち紀すべく、象なれば則ち形すべし。形すべく紀すべし、故にその理は仮りて知るべし。仮りて知るべきは、則ち亀筮(きぜい)是れなり。亀は則ち象たり、故に日を以て五行の元と為す。筮は則ち数たり、故に辰を以て五行の主と為す。若し夫れ参辰(しんしん)の伏見、日月の盈虧(えいき)、雷動き虹出で、雲行き雨施す、此れ天の象なり。二十八舎、内外の諸官、七曜三光、星分歳次、此れ天の数なり。山川水陸、高下平汙(へいお)、嶽鎮河通、風廻り露蒸す、此れ地の象なり。八極四海、三江五湖、九州百郡、千里万頃(ばんけい)、此れ地の数なり。
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五行大義・序礼は以て事を節し、楽は以て心を和す。爵は章旗に表し、刑は用て善に革(あらた)む。此れ人の象なり。百官以て治まり、万人以て立つ。四教もて文を修め、七徳もて武を閲(けみ)す。此れ人の数なり。夫の象数に因る、故に五行の始末を識る。斯の亀筮に藉(よ)りて、乃ち陰陽の吉凶を弁ず。是を以て事は象を仮りて知り、物は数に従いて立つ。吉、毎(つね)に墳索(ふんさく)を尋閲し、経典を研窮するに、羲農(ぎのう)より以来、周漢に迄(いた)るまで、五行を以て政治の本と為し、蓍亀(しき)を以て善悪の先と為さざるは莫し。所以に伝に云う、「天、五材を生ず、一を廃するも不可なり」と。尚書に曰く、「商王受、五常を狎侮(こうぶ)し、三政を殄棄(てんき)す」と。故に知る、之を得る者は昌え、之を失う者は滅ぶことを。昔、中原喪乱し、晋氏南遷す。根本の書足らず、枝条の学斯に盛んなり。虚談巧筆、功を一時に競い、碩学経邦、之を万古に棄つ。末代踵習(しょうしゅう)して、風軌遂に成る。復た占候の術尚お行わると雖も、皆左道の説に従う。卜筮の法恒に在れども、爻象の理分かたれず。月令依る靡(な)く、時制必ず爽(たが)う。之を毫髪に失えば、千里必ず差(たが)う。水旱興れども其の由を弁ぜず、妖祥作れども其の趣を知る莫し。形像に因るに非ざれば、窮むる者を徴すること罕(まれ)なり。其の謬惑を観て、其の学人を歎ず。皆其の末を信じて本を忘れ、並びに其の麤(そ)を挙げて細を漏らす。古人云える有り、「山に登りて始めて天の高きを見、壑(たに)に臨みて方(まさ)に地の厚きを覚ゆ」と。先聖の道を聞かざれば、以て学者の大を知る無し。況んや乃ち五行は幽邃(ゆうすい)なり、安んぞ斐然(ひぜん)たるべけんや。今故に博く経緯を採り、簡牒を捜窮し、略(ほぼ)大義を談ず。凡そ二十四段、別ちて之を分かてば、合わせて四十段。二十四とは、節数の気の総なり。四十とは、五行の成数なり。釈名より始まり、虫鳥に終わる。凡そ五行に配するもの、皆茲の義に在り。庶幾(こいねが)わくは斯の道をして墜ちざらしめ、其の始めを知らしめんことを。若し能く心を治め志を静め、其の微なる者を研(きわ)めば、豈に直(ただ)に神を怡(よろこ)ばせ性を養い、徳を保ち身を全うするのみならんや、亦た庶政を弼諧(ひっかい)し、万有を利安すべし。斯れ故に至人の達する所なり。昔人は物に感じて経を制し、吉は今事に因りて義を述ぶ。時を異にして作るも、軌を共にし途を殊にす。道を味わうことの斉しからざるを嘆き、物を利することの一致を求む。焉(これ)を来哲に倚(よ)せ、其の闕を補わんことを。
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五行大義・第二十論諸神諸神の占候の法は、各々別に注有り、此に委砕(いさい)を労せず。名字の義は、故に以て略談す。日月星辰・風雨雷電・山川岳涜(がくとく)・井竈(せいそう)衡門、爰(ここ)に人身に及ぶまで、諸神一に非ず。帝王の崇祭する所、百姓の祈禱する所、此くの如きの例、名数甚だ多し。その五行に於いては、更に別義無し、故に備に説かず。又、卜筮に用うる所の殺暦の諸神は、正に是れ歳月の間を左右し、季孟の際を逆順す。亦具に談ずるを俟つこと無し。寧ろ曲解を労せんや。此の前の諸神は、占候の網維、三才の理要なり。故に次を以て述ぶ。
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五行大義・第二十一論五帝堯は眉八彩、是れを通明と謂う。日月を暦象し、制を陳べ功を考う、と。礼含文嘉に云う、堯は広く四表を被い、亀竜を致す、と。帝舜有虞氏は、姓は姚。母は握登、大虹を見て意感じ、帝を姚墟に生む。名は重華、字は都君。目は重瞳子、故に重華と名づく。土を以て火を承く。堯之を虞に封ず、故に有虞氏と号す。五色の服を設く。文燿鉤に云う、舜は重瞳子、是れを〓諒と謂う。上は摂提に応じ、以て三光を統ぶ、と。礼含文嘉に云う、舜は己を損して以て百姓を安んじ、鳥獣の鶬鶬(そうそう)たるを致し、鳳凰来儀す、と。此の三帝は、少昊・顓頊を并せて、共に五帝と為す。史記は伏羲・女媧・神農を以て三皇と為し、黄帝以下を五帝と為す。帝王世紀は羲皇・神農・黄帝を以て三皇と為し、少昊已下を五帝と為す。今案ずるに礼記、郊に五徳を配するに、伏羲より顓頊に至るまで五帝と為す。是れその正位なり。然る所以は、易に帝は震に出づと称す、蓋し五徳の首なり。次を以て行き、顓頊に至りて則ち五徳の数終わる。若し少昊を以て首と為せば、則ち金は五徳の先に非ず。若し黄帝を以て首と為せば、土は中央に居り、本創始に非ず。故に木に従いて先と為す。伏羲を五徳の首と為す、易の言是なり。其の帝嚳已下は、皆行次相承くるなり。上帝に五有り、霊威仰等の姓氏の事は、伏羲の年代久遠にして、典籍遺漏し、具に釈すべからず。然れども五徳相承くるは、天の明命を受くるを謂い、必ず符瑞を豫(あらかじ)めして、以て会昌を明らかにす。若し命に応ずる主は、皆太微の五帝の精を承けて以て世に誕まれ、必ず先徴有りて、その萌兆を示すなり。
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五行大義・第十四論雑配・第五論五常帝王の言、信誓の事を伝述し、存せざるは靡し。宗尚すべし。故に土の信有りて、時を以て物を生ずるが如し。四時の宗とする所なり、故に信を以て配す。経は即ち常なり。亦由と云い、亦法と云う。経を述べ事に由る、故に由と云うなり。理は法則とすべし、故に法と云うなり。常に訓典と為る、故に即ち常なり。然れども経の体は既に常法たり、その当体に各々五常を備う。事に専らにする所有れば、但だ一方を以て主と為す。未だ文義を論ぜず、故に備(つぶさ)には説かず。五常の行いは、経に由りて明らかなり、故に以て配釈す。
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五行大義・第三明数・第二論五行及生成数行を五と言うは、万物多しと雖も、数五を過ぎざるを明らかにす。故に天に在りては五星と為り、其の神は五帝と為る。孔子曰く、「昔、丘諸(これ)を老聃に聞く。云う、天に五行有り、木・金・水・火・土。其の神之を五帝と謂う」と。地に在りては五方と為り、其の鎮は五岳と為る。物理論に云う、「之を鎮むるに五岳を以てす」と。人に在りては五蔵と為り、其の候は五官なり。黄帝素問に云う、「五蔵の候は五官に在り。眼・耳・口・鼻・舌なり」と。五行は逓(たが)いに相負載し、休王相生して、万物を生成し、運用休まず、故に行と云うなり。春秋繁露に云う、「天地の気、列して五行と為る。夫れ五行は行なり」と。易の上繋に曰く、「天数は五」と。王曰く、「一・三・五・七・九を謂うなり」と。韓曰く、「五は奇なり」と。「地数は五」と。王曰く、「二・四・六・八・十を謂うなり」と。韓曰く、「五は偶なり」と。「五位相得て」と。王曰く、「五位は、金・木・水・火・土なり」と。「而して各おの合う有り」と。王曰く、「水を謂う。天に在りては一と為り、地に在りては六と為り、六と一と北に合う。火は、天に在りては七と為り、地に在りては二と為り、二と七と南に合う。金は、天に在りては九と為り、地に在りては四と為り、四と九と西に合う。木は、天に在りては三と為り、地に在りては八と為り、三と八と東に合う。土は、天に在りては五と為り、地に在りては十と為り、五と十と中に合う。故に曰く、五位相得て、各おの合う有り」と。謝曰く、「陰陽相応じ、奇偶相配し、各おの合う有るなり」と。韓曰く、「天地の数、各おの五有り。五数相配して、以て金・木・水・火・土を合成するなり」と。
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