五行大義 / 第二十論諸神
諸神者。靈智無方。隱顯不測。孔子曰。陽之精氣爲神。又曰。陰陽不測之謂神。一解云。神。申也。萬物皆有質礙。屈而不申。神是清虛之氣。無所擁滯。故曰申也。語其神也。名有萬徒。三才之道。百靈非一。竝從五行。難可周盡。今且論所配五行。辨吉凶者。《帝系譜》曰。天地初起。卽生天皇。以木德王。《三五厤紀》云。天皇十三頭。《帝系譜》曰。地皇以火德王。三五厤云。有神人十一頭。號地皇。〈春秋命厤序〉曰。人皇九頭。宋均注云。兄弟九人。洞紀云。人皇分治九州。古語質。故以頭數言之。陶華陽云。此三皇。治紫微宮。其精爲天皇太帝。《世記》云。天皇太帝曜魄寶。地皇爲天一。人皇爲太一。
新字:諸神者。霊智無方。隠顕不測。孔子曰。陽之精気為神。又曰。陰陽不測之謂神。一解云。神。申也。万物皆有質礙。屈而不申。神是清虚之気。無所擁滞。故曰申也。語其神也。名有万徒。三才之道。百霊非一。並従五行。難可周尽。今且論所配五行。弁吉凶者。《帝系譜》曰。天地初起。即生天皇。以木徳王。《三五厤紀》云。天皇十三頭。《帝系譜》曰。地皇以火徳王。三五厤云。有神人十一頭。号地皇。〈春秋命厤序〉曰。人皇九頭。宋均注云。兄弟九人。洞紀云。人皇分治九州。古語質。故以頭数言之。陶華陽云。此三皇。治紫微宮。其精為天皇太帝。《世記》云。天皇太帝曜魄宝。地皇為天一。人皇為太一。
書き下し
諸神は、霊智方(ほう)無く、隠顕測られず。孔子曰く、陽の精気を神と為す、と。又曰く、陰陽測られざる、之を神と謂う、と。一解に云う、神は申なり。万物は皆質礙(しつげ)有り、屈して申びず。神は是れ清虚の気にして、擁滞する所無し。故に申と曰うなり、と。その神を語れば、名に万徒有り。三才の道、百霊一に非ず。並びに五行に従うも、周(あまね)く尽くすべきこと難し。今且(しばら)く五行に配する所にして吉凶を弁ずる者を論ず。帝系譜に曰く、天地初めて起こるや、即ち天皇を生ず。木徳を以て王たり、と。三五暦紀に云う、天皇は十三頭、と。帝系譜に曰く、地皇は火徳を以て王たり、と。三五暦に云う、神人有り十一頭、地皇と号す、と。春秋命暦序に曰く、人皇は九頭、と。宋均の注に云う、兄弟九人なり、と。洞紀に云う、人皇は九州を分治す。古語は質なり、故に頭数を以て之を言う、と。陶華陽云う、此の三皇は紫微宮を治め、その精は天皇太帝と為る、と。世記に云う、天皇太帝は曜魄宝(ようはくほう)、地皇は天一と為り、人皇は太一と為る、と。
現代語訳
諸々の神というものは、霊妙な知恵が一定の方所にとらわれず、隠れたり現れたりして測り知ることができない。孔子は「陽の精気を神という」と言い、また「陰陽のはたらきが測り知れないもの、これを神という」と言った(『易』繋辞伝)。ある解釈にいう。神とは申(のびる)ことである。万物にはみな形があってさえぎられ、縮こまって伸びることができない。神は清らかでむなしい気であって、ふさがりとどこおるところがない。だから申というのである、と。神について語れば、その名は万を数えるほど多い。天・地・人の三才の道において、霊なるものは一つではない。どれも五行に従っているが、すべてを尽くして述べるのは難しい。今しばらく、五行に配当されていて吉凶を見分けるものについて論じよう。『帝系譜』にいう。天地が初めて開けたとき、すぐに天皇(天の皇)が生まれ、木の徳で王となった、と。『三五暦紀』(三国呉の徐整の著)にいう。天皇は十三の頭があった、と。『帝系譜』にいう。地皇は火の徳で王となった、と。『三五暦紀』にいう。十一の頭をもつ神人がいて、地皇と号した、と。『春秋命暦序』(漢代の緯書)にいう。人皇は九つの頭があった、と。宋均(緯書に注をつけた学者)の注にいう。兄弟が九人いたということである、と。『洞紀』にいう。人皇は九州を分けて治めた。古い言葉は素朴であるから、人数を頭の数で言ったのである、と。陶華陽(陶弘景。梁の道士)はいう。この三皇は紫微宮(北極を囲む星域)を治め、その精は天皇太帝となる、と。『世記』にいう。天皇太帝は曜魄宝という名であり、地皇は天一となり、人皇は太一となる、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
五行大義・第二十論諸神諸神の占候の法は、各々別に注有り、此に委砕(いさい)を労せず。名字の義は、故に以て略談す。日月星辰・風雨雷電・山川岳涜(がくとく)・井竈(せいそう)衡門、爰(ここ)に人身に及ぶまで、諸神一に非ず。帝王の崇祭する所、百姓の祈禱する所、此くの如きの例、名数甚だ多し。その五行に於いては、更に別義無し、故に備に説かず。又、卜筮に用うる所の殺暦の諸神は、正に是れ歳月の間を左右し、季孟の際を逆順す。亦具に談ずるを俟つこと無し。寧ろ曲解を労せんや。此の前の諸神は、占候の網維、三才の理要なり。故に次を以て述ぶ。
-
五行大義・第二十論諸神甘公星経に云う、天皇太帝は、本(もと)万神の図を秉(と)る。一星勾陳(こうちん)の中に在り、曜魄宝と名づく。五帝の尊祖なり。天一・太一は神に承くるを主る。承は猶お侍のごときなり。両星有りて紫微宮の門外に在り、倶に侍星なり。天皇太帝、天一は戦闘を主り、吉凶を知る。甲戊庚壬は、王として玉堂宮を治む。乙己辛は、王として明堂宮を治む。丙丁癸は、王として絳宮(こうきゅう)を治む。是れを三宮と為す。 太神太一は、風雨水旱・兵革飢疫・災害を主る。復た十六神をして九宮に遊ばしむ。天一は是れ万物を含養し、太一は是れ災殃(さいおう)を察す。是れ天帝の臣と為す。鄭玄、乾鑿度(けんさくど)に注して云う、太一とは北辰の神の名なり。その所に居るを太帝と曰い、八卦日辰の間を行くを太一と曰う。或いは天一と曰う。出入して逝息する所は紫宮の外にして、その星因りて以て名と為す。天一の行くは、猶お天子の方岳を巡狩するがごとく、人君も亦従いて巡省し、卒(お)わる毎に則ち復(かえ)る。太一は八卦の宮を行き、四季毎に乃ち中央に入る。天数は大分するに、陽を以て出で、陰を以て入る。陽は子に起こり、陰は午に起こる。是を以て太一は下りて九宮を行くに、坎より始むるなり、と。
-
五行大義・第二十一論五帝遂古(すいこ)以来、論ずる所の五帝は、凡そ三種有り。河図に云う、東方の青帝は霊威仰(れいいぎょう)、木帝なり。南方の赤帝は赤熛怒(せきひょうど)、火帝なり。中央の黄帝は含枢紐(がんすうちゅう)、土帝なり。西方の白帝は白招拒(はくしょうきょ)、金帝なり。北方の黒帝は叶光紀(きょうこうき)、水帝なり、と。陶華陽云う、皇伯・皇仲・皇叔・皇季・皇少の兄弟五人有り、即ち霊威仰等なり。此の五帝は、並びに天上の神にして、下りて世を治め、神鬼を綜理し、次第に相接す。太微宮を治め、その精は五帝の座と為る。五星は王に随いて気を受く。即ち明堂に祭る所の者なり、と。故に云う、文王を明堂に宗祀して、以て上帝に配す、と。礼記に曰く、春の月、その帝は大皥(たいこう)。夏の月、その帝は炎帝。中央は土、その帝は黄帝。秋の月、その帝は少皥。冬の月、その帝は顓頊(せんぎょく)、と。東方の大昊は庖羲氏(ほうぎし)、春を主る、蒼精の君なり。南方の炎帝は神農氏、夏を主る、赤精の君なり。中央の黄帝は軒轅氏、四季を主る、黄精の君なり。西方の白帝は金天氏、秋を主る、白精の君なり。北方の黒帝は顓頊氏、冬を主る、黒精の君なり。易に曰く、帝は震に出づ、と。此れ蓋し人帝の始めにして、伏羲に始まる。五行の次は木を以て先と為し、四時の相易(か)わるは春を以て首と為す。故に庖羲は五帝の先たるなり。又諸史は少昊・顓頊・高辛・唐・虞を以て、之を五帝と謂う。此れ蓋し舜より以前、五行相承けて帝たるなり。
-
五行大義・第二十論諸神太一は、紫微の内にあらず。北辰の名は大帝なり。鄭玄は謬(あやま)てり。太一の十六神とは、地主は子に在り。陽気黄泉に動き、万物地に孳産(じさん)す。子は陽気の首たり、故に地主と曰う。陽徳は丑に在り。陽は能く万物を生じ、丑に至りて方(まさ)に生ず、故に陽徳と曰うなり。和徳は東北の維(い)に在り。此の時陰陽の気合して、万物を生ず、故に和徳と曰う。呂申は寅に在り。呂は巨なり、申は引き長ずるなり。万物漸く申びて巨大なり、故に呂申と曰う。高叢(こうそう)は卯に在り。万物叢(むら)がりて高大なり、故に高叢と曰う。太陽は辰に在り。震動して已後、陽気大いに盛ん、故に太陽と曰う。太昊は東南の維に在り。時に陽已に著われ、昊然として昭明なり、故に太昊と曰う。大神は巳に在り。万物已に熟し、その気翼起す、故に大神と曰う。太威は午に在り。陽衰え陰生じ、形気始めて動く、故に大威と曰う。天道は未に在り。百物皆成り、資用せざるは莫し、故に天道と曰う。大武は西南の維に在り。陰気事を用い、万物皆傷る、故に大武と曰う。武徳は申に在り。薺麦(せいばく)方に生じ、陰は陽の性を懐く、故に武徳と曰う。大族は酉に在り。陰気大いに殺し、族類皆尽く、故に大族と曰う。陰主は戌に在り。陽気下に蔵れ、陰気自ら上に在り、故に陰主と曰う。陰徳は西北の維に在り。乾は天たり。陰気此に至りて極まり、方に能く陽を生ず、故に陰徳と曰う。大義は亥に在り。万物此に於いて懐任(かいにん)す。陰にして陽を含む、故に大義と曰う。
-
五行大義・第二十一論五帝堯は眉八彩、是れを通明と謂う。日月を暦象し、制を陳べ功を考う、と。礼含文嘉に云う、堯は広く四表を被い、亀竜を致す、と。帝舜有虞氏は、姓は姚。母は握登、大虹を見て意感じ、帝を姚墟に生む。名は重華、字は都君。目は重瞳子、故に重華と名づく。土を以て火を承く。堯之を虞に封ず、故に有虞氏と号す。五色の服を設く。文燿鉤に云う、舜は重瞳子、是れを〓諒と謂う。上は摂提に応じ、以て三光を統ぶ、と。礼含文嘉に云う、舜は己を損して以て百姓を安んじ、鳥獣の鶬鶬(そうそう)たるを致し、鳳凰来儀す、と。此の三帝は、少昊・顓頊を并せて、共に五帝と為す。史記は伏羲・女媧・神農を以て三皇と為し、黄帝以下を五帝と為す。帝王世紀は羲皇・神農・黄帝を以て三皇と為し、少昊已下を五帝と為す。今案ずるに礼記、郊に五徳を配するに、伏羲より顓頊に至るまで五帝と為す。是れその正位なり。然る所以は、易に帝は震に出づと称す、蓋し五徳の首なり。次を以て行き、顓頊に至りて則ち五徳の数終わる。若し少昊を以て首と為せば、則ち金は五徳の先に非ず。若し黄帝を以て首と為せば、土は中央に居り、本創始に非ず。故に木に従いて先と為す。伏羲を五徳の首と為す、易の言是なり。其の帝嚳已下は、皆行次相承くるなり。上帝に五有り、霊威仰等の姓氏の事は、伏羲の年代久遠にして、典籍遺漏し、具に釈すべからず。然れども五徳相承くるは、天の明命を受くるを謂い、必ず符瑞を豫(あらかじ)めして、以て会昌を明らかにす。若し命に応ずる主は、皆太微の五帝の精を承けて以て世に誕まれ、必ず先徴有りて、その萌兆を示すなり。
-
五行大義・第二十一論五帝易経は乃ち上は伏羲を取り、下は虞舜に至り、中間の三帝を言わざるは、その因修して造作する所無きを以てなり。何を以てか之を言うを得ん。故に論ぜざるなり。大昊帝庖羲は、姓は風なり。母は華胥(かしょ)、大人の跡を履(ふ)みて成紀に生まる。蛇身人首にして、木徳を以て天下に王たり、百王の先たり。易に曰く、帝は震に出づ、と。震は木、東方にして、春を主り、日の明に象る、故に太昊と曰う。亀文に因象して八卦を画き、罔罟(もうこ)を為りて以て田漁す。古は人畜相食み、害を為す者多し。帝は蜘蛛の網を観て、民に犠牲を取りて以て庖厨に充つることを教う。故に庖犠と曰う。是れを羲皇と謂う。後世音謬りて、之を伏犠と謂い、或いは宓羲(ふくぎ)と云う。一に雄皇氏と号す。孝経鉤命決に云う、伏羲は日角珠衡にして勝を戴く、と。礼含文嘉に云う、伏羲の徳上下に洽(あまね)く、天は応ずるに鳥獣の文章を以てし、地は応ずるに亀書を以てす。伏羲則(のっと)り象りて、八卦を作る、と。炎帝神農氏は、姓は姜。母は任姒(じんじ)、名は女登、神竜に感じて帝を常羊に生む。人身牛首にして、火を以て木を承け、南方に位し、夏を主る、故に炎帝と曰う。耒耜(らいし)を作り、始めて民に耕農を教う。嘗めて草木を別ち、人をして穀を食わしめ以て犠牲の命に代う、故に神農と号す。一に魁隗(かいかい)氏と号す。是れを農皇と為す。礼含文嘉に云う、神農田道を作り、耒耜に就く。天は応ずるに嘉禾を以てし、地は出だすに醴泉を以てす、と。黄帝軒轅氏は、姓は姫。母は附宝、大電光の北斗の枢星を繞(めぐ)り、明らかに郊野を照らすを見、感じて帝を寿丘に生む。土を以て火を承け、位は中央に在り、故に黄帝と曰う。五気を治め、五帝を設け、始めて衣裳を垂れ、舟車を作り、屋宇を造る。古は巣居穴処す。黄帝之に易(か)うるに上棟下宇を以てし、以て風雨を蔽う。故に軒轅と号す。亦云う、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る