五行大義 / 第十六論七政
日一南。萬物死。日一北。萬物生。物理論云。夏則陽盛而陰衰。故晝長而夜短。冬則陰盛而陽衰。故晝短而夜長。行陽道長。出入卯酉之北。行陰道短。出入卯酉之南。春秋陰陽等故行中道晝夜等也。考靈曜云。春一日。日出卯入酉。昴星一度中而昏。斗星十二度中而明。仲夏一日。日出寅入戌。心星五度中而昏。營室十度中而明。秋一日。日出卯入酉。須女四度中而昏。東井十一度中而明。仲冬一日。日出辰入申。奎星一度中而昏。氐星九度中而明。卯酉陰陽交會。日月至此爲中道。萬物盛衰出入之所。故號二八之門。以當二八月也。故詩推度交云。卯酉之際爲改政。漢書。天文志云。日者。君之象。君行急。則日行疾。君行緩。則日行遲。遲疾失其常。則蝕。蝕在交道也。蝕者。陰侵陽。臣凌君之象也。故日蝕修德以禳之。月者。春秋元命苞云。月者。陰精。爲言闕也。中有蟾蜍與兔者。陰陽兩居相附。託抑詘合。陽結治其內。光炬中氣似文耳。
新字:日一南。万物死。日一北。万物生。物理論云。夏則陽盛而陰衰。故昼長而夜短。冬則陰盛而陽衰。故昼短而夜長。行陽道長。出入卯酉之北。行陰道短。出入卯酉之南。春秋陰陽等故行中道昼夜等也。考霊曜云。春一日。日出卯入酉。昴星一度中而昏。斗星十二度中而明。仲夏一日。日出寅入戌。心星五度中而昏。営室十度中而明。秋一日。日出卯入酉。須女四度中而昏。東井十一度中而明。仲冬一日。日出辰入申。奎星一度中而昏。氐星九度中而明。卯酉陰陽交会。日月至此為中道。万物盛衰出入之所。故号二八之門。以当二八月也。故詩推度交云。卯酉之際為改政。漢書。天文志云。日者。君之象。君行急。則日行疾。君行緩。則日行遅。遅疾失其常。則蝕。蝕在交道也。蝕者。陰侵陽。臣凌君之象也。故日蝕修徳以禳之。月者。春秋元命苞云。月者。陰精。為言闕也。中有蟾蜍与兔者。陰陽両居相附。託抑詘合。陽結治其内。光炬中気似文耳。
書き下し
「日一たび南すれば、万物死し、日一たび北すれば、万物生ず」と。『物理論』に云う、「夏は則ち陽盛んにして陰衰う、故に昼長くして夜短し。冬は則ち陰盛んにして陽衰う、故に昼短くして夜長し。陽道を行くときは長く、卯酉の北に出入す。陰道を行くときは短く、卯酉の南に出入す。春秋は陰陽等し、故に中道を行きて昼夜等しきなり」と。『考霊曜』に云う、「春の一日、日は卯に出でて酉に入る。昴星(ぼうせい)一度中して昏(く)れ、斗星十二度中して明く。仲夏の一日、日は寅に出でて戌に入る。心星五度中して昏れ、営室十度中して明く。秋の一日、日は卯に出でて酉に入る。須女(しゅじょ)四度中して昏れ、東井十一度中して明く。仲冬の一日、日は辰に出でて申に入る。奎星(けいせい)一度中して昏れ、氐星(ていせい)九度中して明く」と。卯酉は陰陽の交会するところにして、日月此に至るを中道と為す。万物の盛衰出入の所なり。故に二八の門と号し、以て二月・八月に当つ。故に『詩推度交』に云う、「卯酉の際を改政と為す」と。『漢書』天文志に云う、「日は君の象なり。君の行い急なれば、則ち日の行(めぐ)り疾(はや)く、君の行い緩なれば、則ち日の行り遅し。遅疾その常を失えば、則ち蝕す。蝕は交道に在るなり。蝕は陰の陽を侵すにして、臣の君を凌ぐの象なり。故に日蝕には徳を修めて以てこれを禳(はら)う」と。月とは、『春秋元命苞』に云う、「月は陰の精なり。言たるは闕(か)くるなり。中に蟾蜍(せんじょ)と兎と有るは、陰陽両(ふた)つながら居りて相附き、抑詘(よくくつ)に託して合う。陽結ぼれてその内を治め、光炬の中の気、文に似たるのみ」と。
現代語訳
「日がひとたび南に行けば万物は死に、ひとたび北に行けば万物は生まれる」。『物理論』(晋の楊泉の著)はこう言う。「夏は陽が盛んで陰が衰えるので、昼が長く夜が短い。冬は陰が盛んで陽が衰えるので、昼が短く夜が長い。日が陽の道を行くときは昼が長く、東西(卯酉)より北寄りから出て北寄りに入る。陰の道を行くときは昼が短く、東西より南寄りから出て南寄りに入る。春と秋は陰陽が等しいので、中ほどの道を行き、昼と夜が等しくなる」。『考霊曜』はこう言う。「春のある日、日は東(卯)から出て西(酉)に入る。夕暮れには昴宿の一度が南中し、明け方には斗宿の十二度が南中する。仲夏のある日、日は東北東(寅)から出て西北西(戌)に入る。夕暮れには心宿の五度が南中し、明け方には営室の十度が南中する。秋のある日、日は東から出て西に入る。夕暮れには須女の四度が南中し、明け方には東井の十一度が南中する。仲冬のある日、日は東南東(辰)から出て西南西(申)に入る。夕暮れには奎宿の一度が南中し、明け方には氐宿の九度が南中する」。卯と酉は陰と陽が交わり会うところで、日と月がここに至るのを中道という。万物が盛んになり衰え、出てはまた入る所である。だから二八の門と呼び、二月と八月に当てる。それゆえ『詩推度災』(『詩経』の緯書)には「卯と酉の境目を政を改める時とする」とある。『漢書』天文志はこう言う。「日は君主の象である。君主の行いが性急であれば日の運行は速く、君主の行いがゆるやかであれば日の運行は遅い。遅速がその常を失えば日食が起こる。日食は日と月の道が交わるところで起こる。日食とは陰が陽を侵すことであり、臣下が君主をしのぐ象である。だから日食のときには徳を修めてこれをはらう」。月について。『春秋元命苞』はこう言う。「月は陰の精である。月という言葉は欠けることを意味する。月の中にヒキガエルと兎がいるのは、陰と陽の二つがともにいて寄り添い、かがみ縮まる形に託して合わさっているのである。陽が内に結ぼれて内側をおさめ、光の中の気が模様のように見えるにすぎない」。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十六論七政「兎は善く走る、陽の動くに象るなり。兎の言たる、僖僖呼呼(ききここ)、温煖の名なり。月は水の精、故に内明るくして気冷やかなり。陰生じて満たざるは、君に詘(くっ)すればなり。望に至りて盈(み)つるは、気と事と合えばなり。盈ちて欠くるは、尊に詘嚮(くっきょう)すればなり。その気は卑し。卑し、故に表を脩めて緯を成す。陰は陽の精を受く、故に精は内に在り。金水の内景なる所以なり。内景なり、故に精は陰沈執して動かず」と。月は陰の精たりて、体に自ら光無く、日の照らすに藉(よ)りて乃ち明るし。猶お臣の自ら威無く、君の勢を仮りて、乃ちその威を成すが如し。月の初めは未だ日に正対せず、故に光無くして欠く。月の半ばにして日と相対す、故に光満つ。十六日已後は、漸く欠け、亦た漸く日に対せざるなり。『漢書』天文志に云う、「月は日に行くこと十三度四分度の一。立春・春分には東して青道に従い、立秋・秋分には西して白道に従い、立冬・冬至には北して黒道に従い、立夏・夏至には南して赤道に従う。季夏には中道を行く。赤・青は陽道に出で、白・黒は陰道に出づ。晦にして西方に見ゆる、これを朓(ちょう)と謂い、朔にして東方に見ゆる、これを朒(じく)と謂う」と。若し君舒緩にして臣驕慢なれば、故に日の行遅くして月の行疾し。君粛急なれば則ち臣恐懼す、故に日の行疾くして月の行遅く、敢えて君位に迫近せざるなり。その行の遅疾度を失えば、亦た蝕す。蝕とは、日の衝(しょう)に当たりて闇虚(あんきょ)有り、闇虚月に当たれば則ち月蝕し、星に当たれば則ち星亡す。月蝕とは、陽の陰を侵すなり。
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五行大義・第十六論七政夫れ七政とは、乃ち是れ玄象(げんしょう)の端にして、天の度を正す。王者これを仰ぎて、以て治政と為す。故にこれを政と謂う。七とは、数に七有るなり。凡そ三解有り。一に云う、日月と五星と、合わせて七政と為す。二に云う、北斗七星を七政と為す。三に云う、二十八宿は四方に布在し、方ごとに別に七宿、共に七政と為す。此の三種の七政は、皆五行に配し、並びに三辰の首なり。日月五星を七政と為すとは、『尚書考霊曜(こうれいよう)』に七政を曰く、「日月は時の主なり。五星は時の紀なり」と。故に曰く、「璇璣玉衡(せんきぎょくこう)に在(み)て、以て七政を斉(ととの)う」と。七政とは、日月五行の政を謂う。七政は即ち日月五星なり。日とは、『河図汗光篇』に云う、「日は陽の精たり、始めて日は実なり」と。『元命苞』に云う、「陽は一を以て起こる、故に日なり。日は一度を行く。陽は三に成る、故に三足の烏(からす)有り。烏は陽の精なり。その言は僂呼(ろうこ)なり。俗人は僂呼の烏に似たるを見る、故に以てこれに名づく」と。又云う、「火の精は陽気なり、故に外熱くして内陰なり、烏に象るなり。日は尊し、故に満つ。満つ、故に施す。施す、故に仁なり。仁なり、故に精なり。精は外に在り。外に在り、故に大なり。日は外暑し。外暑し、故に陽精外に吐く」と。天に三百六十五度四分度の一有りて、四方に布在す。日は日ごとに一たび歴(へ)て、差遅無く、四方をして合うこと一の如くならしむ。故にその字は四の一に合うなり。『白虎通』に云う、「日の径は千里、囲(めぐ)りは三千里、天より下ること七千里」と。『太玄経』に云う、
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史記 天官書日暈中道を行けば、安寧和平なり。陰間なれば、水多く、陰事あり。外北三尺は、陰星なり。北三尺は、太陰なり、大水あり、兵あり。陽間なれば、驕恣なり。陽星なれば、暴獄多し。太陽なれば、大旱あり喪あるなり。角・天門は、十月は四月と為し、十一月は五月と為し、十二月は六月と為す、水発す、近ければ三尺、遠ければ五尺。四輔を犯せば、輔臣誅せらる。南北の河を行くは、陰陽を以て言ふ、旱・水・兵・喪あり。月歳星を蝕すれば、其の宿の地、飢ゑ若しくは亡ぶ。熒惑なれば乱なり、塡星なれば下上を犯すなり、太白なれば彊国戦ひを以て敗るるなり、辰星なれば女乱るるなり。大角なれば、主命の者之を悪む。心なれば、則ち内賊の乱と為すなり。列星なれば、其の宿の地憂ふ。月食の始めの日より、五月なる者六、六月なる者五、五月なる者復た六、六月なる者一、而して五月なる者五、凡そ百一十三月にして復た始まる。故に月蝕は、常なり。日蝕は、臧からずと為すなり。甲・乙は、四海の外、日月占はず。丙・丁は、江・淮・海岱なり。戊・己は、中州・河・済なり。庚・辛は、華山より以西なり。壬・癸は、恒山より以北なり。日蝕は、国君。月蝕は、将相之に当たる。国皇星は、大にして赤く、状南極に類す。出づる所、其の下兵を起こし、兵彊し。其の衝は利あらず。昭明星は、大にして白く、角無く、乍ち上り乍ち下る。出づる所の国、兵を起こし、変多し。五残星は、正東東方の野に出づ。其の星の状は辰星に類し、地を去ること六丈可りなり。大賊星は、正南南方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして赤く、数々動き、光有り。司危星は、正西西方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして白く、太白に類す。獄漢星は、正北北方の野に出づ。星地を去ること六丈可り、大にして赤く、数々動き、之を察すれば中青し。此の四野星の出づる所、其の方に非ずして出づれば、其の下に兵有り、衝は利あらず。四塡星は、四隅に出づる所、地を去ること四丈可りなり。
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『淮南子』天文訓夏日至れば則ち陰陽に乘ず。是を以て萬物就きて死す。冬日至れば則ち陽陰に乘ず。是を以て萬物仰ぎて生ず。晝なる者は陽の分、夜なる者は陰の分なり。是を以て陽氣勝てば則ち日修くして夜短く、陰氣勝てば則ち日短くして夜修し。帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす。月ごとに一辰を徙り、復た其の所に反る。正月は寅を指し、十二月は丑を指し、一歲にして匝り、終わりて復た始まる。寅を指せば、則ち萬物螾螾たるなり、律は太蔟を受く。太蔟なる者は、蔟りて未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は則ち茂茂然たり、律は夾鐘を受く。夾鐘なる者は、種始めて莢するなり。辰を指せば、辰は則ち之を振るうなり、律は姑洗を受く。姑洗なる者は、陳きもの去りて新しきもの來たるなり。巳を指せば、巳は則ち生已に定まるなり、律は仲呂を受く。仲呂なる者は、中充ちて大なるなり。午を指せば、午なる者は、忤なり、律は蕤賓を受く。蕤賓なる者は、安んじて服するなり。未を指せば、未は、昧なり、律は林鐘を受く。林鐘なる者は、引きて止むるなり。申を指せば、申なる者は、之を呻くなり、律は夷則を受く。夷則なる者は、其の則を易うるなり、德以て去るなり。酉を指せば、酉なる者は、飽なり、律は南呂を受く。南呂なる者は、任じて大を包むなり。戌を指せば、戌なる者は、滅なり、律は無射を受く。無射は、入りて厭く無きなり。亥を指せば、亥なる者は、閡なり、律は應鐘を受く。應鐘なる者は、其の鐘に應ずるなり。子を指せば、子なる者は、茲なり、律は黃鐘を受く。黃鐘なる者は、鐘已に黃なるなり。丑を指せば、丑なる者は、紐なり、律は大呂を受く。大呂なる者は、旅旅として去るなり。其の卯酉に加うれば、則ち陰陽分かれ、日夜平らかなり。故に曰く、規は生じ矩は殺し、衡は長じ權は藏し、繩は中央に居りて、四時の根と為る、と。
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『淮南子』天文訓季春三月、豐隆乃ち出でて、以て其の雨を將う。秋三月に至り、地氣藏せず、乃ち其の殺を收め、百蟲蟄伏し、靜居して戶を閉ず。青女乃ち出でて、以て霜雪を降す。十二時の氣を行き、以て仲春二月の夕べに至り、乃ち其の藏を收めて其の寒を閉ず。女夷鼓歌して、以て天和を司り、以て百穀禽鳥草木を長ず。孟夏の月、以て穀禾を熟し、雄鳩長く鳴きて、帝の為に歲を候う。是の故に天其の陰を發せざれば、則ち萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、則ち萬物成らず。天圓く地方に、道は中央に在り。日を德と為し、月を刑と為す。月歸りて萬物死し、日至りて萬物生ず。山を遠ざくれば則ち山氣藏し、水を遠ざくれば則ち水蟲蟄し、木を遠ざくれば則ち木葉槁る。日五日見えざれば、其の位を失うなり。聖人は與せず。
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説苑・辨物易に曰わく、「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す」と。是の故に幽明の故を知る。夫れ天文地理、人情の効、心に存すれば、則ち聖智の府なり。是の故に古えの聖王既に天下に臨めば、必ず四時を変じ、律暦を定め、天文を考え、時変を揆り、霊台に登りて気氛を望む。故に堯曰わく、「咨(ああ)爾舜よ、天の暦数爾が躬に在り、允に其の中を執れ、四海困窮せば」と。書に曰わく、「璿璣玉衡に在りて、以て七政を斉う」と。璿璣とは此の辰、勾陳枢星なり。其の魁杓の指す所を以て二十八宿の吉凶禍福と為す。天文列舎の盈縮の占い、各々類を以て験と為す。夫れ変を占うの道は二のみ。二とは陰陽の数なり。故に易に曰わく、「一陰一陽、之を道と謂う。道なる者は、物の動くこと道に由らざるは莫し」と。是の故に一に発し、二に成り、三に備わり、四に周く、五に行わる。是の故に玄象の著明なるは、日月より大なるは莫し。変の動を察するは、五星より著るきは莫し。天の五星は気を五行に運らし、其の初めは猶お陰陽より発し、化は万一千五百二十に極まる。所謂二十八星とは、東方を角亢氐房心尾箕と曰い、北方を斗牛須女虚危営室東壁と曰い、西方を奎婁胃昂畢觜参と曰い、南方を東井輿鬼柳七星張翼軫と曰う。所謂宿とは、日月五星の宿る所なり。其の宿に在りて外内を運る者は、宮を以て名を別つ。其の根荄は皆地に発して華は天に形わる。所謂五星とは、一に歳星と曰い、二に熒惑と曰い、三に鎮星と曰い、四に太白と曰い、五に辰星と曰う。欃槍・彗孛・旬始・枉矢・蚩尤の旗は、皆五星盈縮の生ずる所なり。五星の犯す所、各々金木水火土を以て占と為す。春秋冬夏の伏見時有り、其の常を失い、其の時を離るれば則ち変異と為し、其の時を得て其の常に居れば、是を吉祥と謂う。古えに四時を主る者有り。春を主る者は張、昏にして中す、以て穀を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。夏を主る者は大火、昏にして中す、以て黍菽を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。秋を主る者は虚、昏にして中す、以て麦を種うべし、上は天子に告げ、下は之を民に布く。冬を主る者は昴、昏にして中す、以て斬伐・田猟・蓋蔵すべし、上は之を天子に告げ、下は之を民に布く。故に天子南面して四星の中するを視、民の緩急を知り、急なれば賦籍せず、力役を挙げず。書に曰わく、「敬んで民に時を授く」と。詩に曰わく、「物其れ有り、維れ其れ時なり」と。物の有りて絶えざる所以は、其の動くに時を以てすればなり。
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