五行大義 / 第十五論律呂
夏正得天。此謂得天道四時之氣。應八節生殺之期也。故云。行夏之時。乘殷之輅。服周之冕。兼三代而爲法。蓋取其可久者也。秦以建亥之月而爲歲首。漢初。因秦正朔。自魏已後。自用夏正。至今無改。以其得天氣也。又。遁甲。太乙九宮元辰。皆有三元。竝起甲子。初爲天元。盡六甲。次甲子爲地元。又次甲子爲人元。遁甲以冬夏二至後。甲己之日。夜半時。爲甲子元首。三元各分爲三。故一百八十日爲元卒。陰陽兩道。盡一歲之用。太一以初元甲子六十年爲一紀。次甲子爲第二紀。滿六紀三百六十年爲一周。九宮別以己亥爲元首。分爲五元。初己亥六十年爲天元。次己亥六十年爲地元。次己亥六十年爲人元。次己亥六十年爲河元。次己亥六十年爲海元。九年一周。四九三十六。亦周六甲之大數也。三元正朔。竝從律呂。應歷定時。皆配五行。故同此釋。
新字:夏正得天。此謂得天道四時之気。応八節生殺之期也。故云。行夏之時。乗殷之輅。服周之冕。兼三代而為法。蓋取其可久者也。秦以建亥之月而為歳首。漢初。因秦正朔。自魏已後。自用夏正。至今無改。以其得天気也。又。遁甲。太乙九宮元辰。皆有三元。並起甲子。初為天元。尽六甲。次甲子為地元。又次甲子為人元。遁甲以冬夏二至後。甲己之日。夜半時。為甲子元首。三元各分為三。故一百八十日為元卒。陰陽両道。尽一歳之用。太一以初元甲子六十年為一紀。次甲子為第二紀。満六紀三百六十年為一周。九宮別以己亥為元首。分為五元。初己亥六十年為天元。次己亥六十年為地元。次己亥六十年為人元。次己亥六十年為河元。次己亥六十年為海元。九年一周。四九三十六。亦周六甲之大数也。三元正朔。並従律呂。応歴定時。皆配五行。故同此釈。
書き下し
「夏の正は天を得たり」と。此れ天道四時の気を得て、八節生殺の期に応ずるを謂うなり。故に云う、「夏の時を行い、殷の輅(ろ)に乗り、周の冕(べん)を服す」と。三代を兼ねて法と為すは、蓋しその久しかるべき者を取るなり。秦は建亥(けんがい)の月を以て歳首と為す。漢の初めは、秦の正朔に因る。魏より已後は、自ら夏正を用いて、今に至るまで改むること無し。その天の気を得たるを以てなり。又、遁甲(とんこう)・太乙(たいいつ)・九宮・元辰は、皆三元有りて、並びに甲子より起こす。初めを天元と為して六甲を尽くし、次の甲子を地元と為し、又次の甲子を人元と為す。遁甲は冬夏の二至の後、甲己の日の夜半の時を以て、甲子の元首と為す。三元各々分かれて三と為る。故に一百八十日を元卒と為し、陰陽の両道にて一歳の用を尽くす。太一は初元の甲子六十年を以て一紀と為し、次の甲子を第二紀と為し、六紀三百六十年を満たして一周と為す。九宮は別に己亥(きがい)を以て元首と為し、分かちて五元と為す。初めの己亥六十年を天元と為し、次の己亥六十年を地元と為し、次の己亥六十年を人元と為し、次の己亥六十年を河元と為し、次の己亥六十年を海元と為す。九年にして一周し、四九三十六、亦た六甲の大数を周(めぐ)るなり。三元と正朔とは、並びに律呂に従い、暦に応じて時を定め、皆五行に配す。故に同じく此に釈す。
現代語訳
「夏の暦は天にかなっている」と。これは、天の道である四季の気をとらえ、八節(立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至)の、物を生かし殺す時期に応じていることをいうのである。だからこう言われる。「夏の暦を行い、殷の車に乗り、周の冠をかぶる」と。三代の制度をあわせて手本とするのは、思うにそれぞれの中で長く用いうるものを取ったのである。秦は亥の月(十月)を年の初めとした。漢の初めは秦の正朔をそのまま用いた。魏より後は、夏の暦を用いて今に至るまで改めていない。それが天の気にかなっているからである。また、遁甲・太乙・九宮・元辰(いずれも時と方角の吉凶を割り出す占術)には、みな三元があり、いずれも甲子から数え起こす。最初を天元として六十干支をひとめぐりし、次の甲子を地元とし、さらに次の甲子を人元とする。遁甲では冬至と夏至の後の、甲または己の日の夜半を、甲子の元のはじめとする。三元はそれぞれ三つに分かれる。だから百八十日で一元が終わり、陰と陽の二つの道で一年の用を尽くすのである。太一(太乙)では、最初の元の甲子から六十年を一紀とし、次の甲子からを第二紀とし、六紀、三百六十年を満たして一周とする。九宮は別に己亥を元のはじめとし、これを五つの元に分ける。最初の己亥から六十年を天元とし、次の己亥から六十年を地元とし、次の己亥から六十年を人元とし、次の己亥から六十年を河元とし、次の己亥から六十年を海元とする。九年で一周し、四九、三十六となり、これもまた六十干支の大きな数をめぐるものである。三元と正朔は、どちらも律呂に従い、暦に応じて時を定め、みな五行に配当される。だから同じくここで説明した。
解説
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五行大義・第十五論律呂十二月は丑(うし)に建つ。地の始めて化するの端(はじめ)、これを地統と謂う。殷の正(せい)にして、服色は白を尚(たっと)ぶ。物の牙(め)の色の白きに象(かたど)る。正月は寅(とら)に建つ。人の始めて化するの端、これを人統と謂う。夏(か)の正にして、服色は黒を尚ぶ。物の生ずる色の黒きに象るなり。此の三正の律は、亦た五徳を以て相承く。前の三皇を以て正と為す。天皇・地皇・人皇を謂う。皆天地人を以て法と為し、周(めぐ)りて復た始まる。その歳首に書する所は、乃ち因りて以て名と為す。三才の道を体して、万邦に君臨せんと欲するなり。故に天命を受けて王たる者は、必ず六律を調えて正朔(せいさく)を改め、五気を受けて服色を易(か)う。三正の道に法(のっと)るなり。周は天統を以てし、服色は赤を尚ぶは、陽道は左を尚ぶ、故に天は左旋す。周は木徳を以て王たり、火は是れその子にして、火の色は赤く左行す、その赤色を用うるなり。殷は地統を以てし、服色は白を尚ぶは、陰道は右を尚び、その行は右転す。殷は水徳を以て王たり、金は是れその母にして、金の色は白し、故に右行して、その白色を用う。夏は人統を以てし、服色は黒を尚ぶは、人も亦た左を尚ぶ。夏は金徳を以て王たり、水は是れその子にして、水の色は黒し、故に左行して、その黒色を用う。又云う、帝王の興るや、多く符瑞(ふずい)に従う。周は赤雀に感ず、故に赤を尚ぶ。殷は白狼を致す、故に白を尚ぶ。夏は元珪(げんけい)を錫(たま)わる、故に黒を尚ぶ。此れ皆先に兆す気王(きおう)の符にして、子母相助くるの義なり。漢の火徳を以てして、鎮星(ちんせい)の精、降りて黄石と為り、子房に授くるに兵信を以てし、沛公を助けて楚を滅ぼせしが如き、五運の色の相扶けて用を為すに非ざらんや。孔子云う、
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五行大義・第十五論律呂故に即位を以て正と為す。陰徳は他に在り、故にその衝を取る。『漢書』律暦志に云う、三元とは、天施・地化・人事の紀なり。十一月、乾の初九、陽気地下に伏し、始めて著れて一と為り、万物萌動し、太陰に鐘(あつま)る。故に黄鐘を天元と為す。律の長さ九寸。九は、中和を窮極して、万物の元と為る所以なり。易に曰く、天の道を立つ、陰と陽と曰う、是れなり。六月、坤の初六、陰気は任を太陽に受け、継養化柔し、万物生長す。これを楙(しげ)らしめ、未に種をして剛強大ならしむ。故に林鐘を地元と為す。律の長さ六寸。六は、陰の陽の施しを承け、これを六合の内に楙らしめ、剛柔をして体有らしむる所以なり。地の道を立つ、柔と剛と曰う、是れなり。乾は大始を知り、坤は成物を作す。正月、乾の九三、万物棣通(ていつう)し、寅に族出す。人奉じてこれを成し、仁以てこれを養い、義以てこれを行い、事物をして各々その理を得しむ。寅は木なり、仁たり。その声は商なり、義たり。故に大簇を人元と為す。律の長さ八寸。八は卦に象る。庖羲(ほうぎ)氏の天地に順い、神明に通じ、万物の情に類する所以なり。人の道を立つ、仁と義と曰う、是れなり。天に在りては象を成し、地に在りては形を成す。后以て天地人の道を裁成す。是れを三元と為す。律の始めなり、と。『感精符』に云う、十一月建子、天の始めて施すの端、これを天統と謂う。周の正は服色赤を尚ぶ、物の萌色赤きに象るなり、と。
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五行大義・第十五論律呂亦云う、応は応和の義なり。此の時将に復た陽気に応じて下に動かんとするを言うなり、と。『楽緯』に云う、黄鐘を宮と為し、林鐘を徴(ち)と為し、大簇を商と為し、南呂を羽と為し、姑洗を角と為し、応鐘を変宮と為し、蕤賓を変徴と為す、と。次を以てこれを配すれば、五音備わる。黄鐘は下りて林鐘を生ず、故に林鐘を徴と為し、黄鐘に次ぐ。林鐘は上りて大簇を生ず、故に大簇を商と為し、林鐘に次ぐ。大簇は下りて南呂を生ず、故に南呂を羽と為し、大簇に次ぐ。南呂は上りて姑洗を生ず、故に姑洗を角と為し、南呂に次ぐ。姑洗は下りて応鐘を生ず、故に応鐘を変宮と為し、姑洗に次ぐ。応鐘は上りて蕤賓を生ず、故に蕤賓を変徴と為す。凡そ七音有りて圜(めぐ)りて相宮と為る。七音とは、蓋し相生の数七なるを以ての故なり。始め黄鐘は林鐘を生ず、十二月より六月に至るまで、凡そ七月なり。服虔(ふくけん)解して云う、七律を七音と為す、と。『外伝』に解して云う、武王商に剋(か)つ、歳は鶉火に在り、日は天駟(てんし)に在り。鶉火は天駟を去ること凡そ七宿。又地辰は日甲子に在り、子より午に至るまで又七。天象・地辰、その数皆七なり。聖人は律を以てその数を同じくし、声を以てこれを招く。故に七音を以てす、と。楽は七律を以て七始に配し、故に以て三元四時を定む。故に黄鐘は以て天に配し、林鐘は以て地に配し、大簇は以て人に配し、姑洗は以て春に配し、蕤賓は以て夏に配し、南呂は以て秋に配し、応鐘は以て冬に配す。凡そ三元とは、周は建子の月を以て天正と為す、故に黄鐘の管これに配す。殷は建丑の月を以て地正と為す、応に大呂の管を以てこれに配すべし。但し陰の数は偶、未は土王、又天社たり、故にその衝を取り、地の気に応じて、林鐘の管を以てこれに配す。夏は建寅の月を以て人正と為す、故に大簇の管これに配す。夫れ陽徳は自ら処る、
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史記 暦書夏正は正月を以てし、殷正は十二月を以てし、周正は十一月を以てす。蓋し三王の正は循環するが若し、窮まれば則ち本に反る。天下道有れば、則ち紀序を失はず。道無ければ、則ち正朔諸侯に行はれず。幽・厲の後、周室微にして、陪臣政を執り、史は時を記さず、君は朔を告げず、故に疇人の子弟分散し、或いは諸夏に在り、或いは夷狄に在り、是を以て其の禨祥廃れて統べず。周の襄王の二十六年、三月に閏す、而して春秋之を非とす。先王の時を正すや、端を始めに履み、正を中に挙げ、邪を終はりに帰す。端を始めに履めば、序は則ち愆らず。正を中に挙ぐれば、民は則ち惑はず。邪を終はりに帰せば、事は則ち悖らず。其の後戦国并び争ひ、彊国禽敵、急を救ひ紛を解くに在るのみ、豈に斯を念ふに遑あらんや。是の時独り鄒衍有り、五徳の伝に明らかにして、消息の分を散じ、以て諸侯に顕る。而して亦秦の六国を滅ぼすに因り、兵戎極めて煩しく、又至尊に升る日浅く、未だ暇遑あらざるなり。而して亦頗る五勝を推し、自ら以為へらく水徳の瑞を獲たりと、河を更名して「徳水」と曰ひ、而して正は十月を以てし、色は黒を上ぶ。然れども暦度閏余、未だ能く其の真を睹ざるなり。漢興り、高祖曰く「北畤我を待ちて起こる」と、亦自ら以為へらく水徳の瑞を獲たりと。暦を明習するもの及び張蒼等と雖も、咸以て然りと為す。是の時天下初めて定まり、方に大基を綱紀し、高后は女主にして、皆未だ遑あらず、故に秦の正朔服色を襲ふ。孝文の時に至り、魯人公孫臣、終始五徳を以て上書し、言ふ「漢は土徳を得たり、宜しく元を更め、正朔を改め、服色を易ふべし。当に瑞有るべし、瑞は黄龍見はれん」と。事、丞相張蒼に下る、張蒼も亦律暦を学ぶ、以て是に非ずと為し、之を罷む。其の後黄龍成紀に見はれ、張蒼自ら黜け、論著せんと欲する所成らず。
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『淮南子』天文訓夏日至れば則ち陰陽に乘ず。是を以て萬物就きて死す。冬日至れば則ち陽陰に乘ず。是を以て萬物仰ぎて生ず。晝なる者は陽の分、夜なる者は陰の分なり。是を以て陽氣勝てば則ち日修くして夜短く、陰氣勝てば則ち日短くして夜修し。帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす。月ごとに一辰を徙り、復た其の所に反る。正月は寅を指し、十二月は丑を指し、一歲にして匝り、終わりて復た始まる。寅を指せば、則ち萬物螾螾たるなり、律は太蔟を受く。太蔟なる者は、蔟りて未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は則ち茂茂然たり、律は夾鐘を受く。夾鐘なる者は、種始めて莢するなり。辰を指せば、辰は則ち之を振るうなり、律は姑洗を受く。姑洗なる者は、陳きもの去りて新しきもの來たるなり。巳を指せば、巳は則ち生已に定まるなり、律は仲呂を受く。仲呂なる者は、中充ちて大なるなり。午を指せば、午なる者は、忤なり、律は蕤賓を受く。蕤賓なる者は、安んじて服するなり。未を指せば、未は、昧なり、律は林鐘を受く。林鐘なる者は、引きて止むるなり。申を指せば、申なる者は、之を呻くなり、律は夷則を受く。夷則なる者は、其の則を易うるなり、德以て去るなり。酉を指せば、酉なる者は、飽なり、律は南呂を受く。南呂なる者は、任じて大を包むなり。戌を指せば、戌なる者は、滅なり、律は無射を受く。無射は、入りて厭く無きなり。亥を指せば、亥なる者は、閡なり、律は應鐘を受く。應鐘なる者は、其の鐘に應ずるなり。子を指せば、子なる者は、茲なり、律は黃鐘を受く。黃鐘なる者は、鐘已に黃なるなり。丑を指せば、丑なる者は、紐なり、律は大呂を受く。大呂なる者は、旅旅として去るなり。其の卯酉に加うれば、則ち陰陽分かれ、日夜平らかなり。故に曰く、規は生じ矩は殺し、衡は長じ權は藏し、繩は中央に居りて、四時の根と為る、と。
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五行大義・第五論配支幹甲戌の旬は、申酉無し、金全く空亡すと為す。金の二支竝びに无きを以てなり。甲申の旬は、午未無し、火土半ば空亡すと為す。巳午全くは无きにあらざるを以てなり。甲午の旬は、辰巳無し、亦然り。甲辰の旬は、寅卯無し、亦木全く空亡すと云う。甲寅の旬は、子丑無し、亦水土半ば空亡す。竝びに二支俱には無からざるを以てなり。兵書に云う、陽は甲子に生じ、戌亥に足らず、仍りて天門と為す。陰は甲午に生じ、辰巳に足らず、仍りて地戸と為す。陽は甲寅に界し、子丑に足らず、仍りて鬼門と為す。陰は甲申に界し、午未に足らず、仍りて人門と為す。陽は甲辰に盛んにして、卯之が隔と為る。陰は甲戌に興りて、酉之が隔と為る、と。此れ竝びに是れ六甲の空支なり。春秋元命苞に云う、地は東南に足らず、右に動き終わりて虚門に入る、と。此れ甲子の孤は戌亥に在り、虚は辰巳に在るを明らかにするなり。一干一支を一日と為すは、周天三百六十五度四分度の一を以て、日は日に一度を行く、故に正しく一干一支を用いて、以て一日を主らしむ。三旬を一月と為すは、月は日に十三度四分度の一を行き、三旬にして天を周ればなり。十二月を一歳と為すは、四時、時ごとに三月有り、生殺の功、備さに十二支に遍ければなり。一歳を三百六十日に合わすは、六六三十六、六甲の数なり。六甲の両月の日を間(へだ)つるは、陰陽奇偶の備わるを以てなり。
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