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五行大義 / 第十四論雑配・第一論配五色

詩云。綠兮衣兮。刺閒色亂正色也。金庚畏於火。故以妹辛妻於丙。以白入於赤。故南方閒色紅。論語鄕黨曰。紅紫不以爲褻服。木甲畏於金。故以妹乙妻庚。以青入於白。故西方閒色縹也。火丙畏於水。故以妹丁妻壬。以赤入於黑。故北方閒色紫也。孔子曰。惡紫之奪朱也。水壬畏於土。故以妹癸妻戊。以黑入於黃。故中央閒色驪黃。五行書云。甲爲青。己爲綠。丙爲赤。辛爲紅。庚爲白。乙爲縹。壬爲黑。丁爲紫。戊爲黃。癸爲驪黃。此皆夫爲本色。妻爲雜色也。柳世隆云。八卦各有其色。震爲青。離爲赤。兌爲白。坎爲黑。此皆當方正色。乾爲紫。艮爲紅。巽爲綠。坤爲黃。此竝閒色也。坤取未土之正色。甲乙經云。青如翠羽。黑如烏羽。赤如雞冠。黃如蟹腹。白如豕膏。此五色爲生氣見。青如草滋。黑如水苔。黃如枳實。赤如衃血。白如枯骨。此五色爲死氣見。相經曰。青氣初來。如麥生。盛王之時。如樹葉青。欲去之時。如水上苔。赤氣初來。如赭柱。盛王之時。如朱丹。欲去之時。如乾血。黃氣初來。如蠶吐絲。盛王之時。如博基。欲去之時。如枯葉。白氣初來之時。如璽璧。盛王之時。如粉上光。欲去之時。如鮮錢。黑氣初來之時。

新字:詩云。緑兮衣兮。刺閒色乱正色也。金庚畏於火。故以妹辛妻於丙。以白入於赤。故南方閒色紅。論語郷党曰。紅紫不以為褻服。木甲畏於金。故以妹乙妻庚。以青入於白。故西方閒色縹也。火丙畏於水。故以妹丁妻壬。以赤入於黒。故北方閒色紫也。孔子曰。悪紫之奪朱也。水壬畏於土。故以妹癸妻戊。以黒入於黄。故中央閒色驪黄。五行書云。甲為青。己為緑。丙為赤。辛為紅。庚為白。乙為縹。壬為黒。丁為紫。戊為黄。癸為驪黄。此皆夫為本色。妻為雑色也。柳世隆云。八卦各有其色。震為青。離為赤。兌為白。坎為黒。此皆当方正色。乾為紫。艮為紅。巽為緑。坤為黄。此並閒色也。坤取未土之正色。甲乙経云。青如翠羽。黒如烏羽。赤如鶏冠。黄如蟹腹。白如豕膏。此五色為生気見。青如草滋。黒如水苔。黄如枳実。赤如衃血。白如枯骨。此五色為死気見。相経曰。青気初来。如麦生。盛王之時。如樹葉青。欲去之時。如水上苔。赤気初来。如赭柱。盛王之時。如朱丹。欲去之時。如乾血。黄気初来。如蠶吐糸。盛王之時。如博基。欲去之時。如枯葉。白気初来之時。如璽璧。盛王之時。如粉上光。欲去之時。如鮮銭。黒気初来之時。

書き下し

詩に云う、緑なる衣、と。間色の正色を乱すを刺(そし)るなり。金の庚は火を畏る、故に妹の辛を以て丙に妻す。白を以て赤に入る、故に南方の間色は紅なり。論語郷党に曰く、紅紫は以て褻服(せっぷく)と為さず、と。木の甲は金を畏る、故に妹の乙を以て庚に妻す。青を以て白に入る、故に西方の間色は縹(ひょう)なり。火の丙は水を畏る、故に妹の丁を以て壬に妻す。赤を以て黒に入る、故に北方の間色は紫なり。孔子曰く、紫の朱を奪うを悪む、と。水の壬は土を畏る、故に妹の癸を以て戊に妻す。黒を以て黄に入る、故に中央の間色は驪黄(りこう)なり。五行書に云う、甲は青為り、己は緑為り。丙は赤為り、辛は紅為り。庚は白為り、乙は縹為り。壬は黒為り、丁は紫為り。戊は黄為り、癸は驪黄為り、と。此れ皆夫は本色為り、妻は雑色為るなり。柳世隆云う、八卦各々其の色有り。震は青為り、離は赤為り、兌は白為り、坎は黒為り。此れ皆方に当たるの正色なり。乾は紫為り、艮は紅為り、巽は緑為り、坤は黄為り。此れ並びに間色なり。坤は未土の正色を取る、と。甲乙経に云う、青きこと翠羽(すいう)の如く、黒きこと烏羽の如く、赤きこと雞冠(けいかん)の如く、黄なること蟹腹の如く、白きこと豕膏(しこう)の如し。此の五色を生気の見(あらわ)ると為す。青きこと草滋の如く、黒きこと水苔の如く、黄なること枳実(きじつ)の如く、赤きこと衃血(はいけつ)の如く、白きこと枯骨の如し。此の五色を死気の見ると為す、と。相経に曰く、青気の初めて来たるは、麦の生ずるが如く、盛王の時は、樹葉の青きが如く、去らんと欲する時は、水上の苔の如し。赤気の初めて来たるは、赭柱(しゃちゅう)の如く、盛王の時は、朱丹の如く、去らんと欲する時は、乾血の如し。黄気の初めて来たるは、蚕の糸を吐くが如く、盛王の時は、博基の如く、去らんと欲する時は、枯葉の如し。白気の初めて来たる時は、璽璧(じへき)の如く、盛王の時は、粉上の光の如く、去らんと欲する時は、鮮銭の如し。黒気の初めて来たる時は、

現代語訳

『詩経』に「緑の衣」とあるのは、間色が正色を乱すことをそしったものである。金の庚は火を畏れるので、妹の辛を丙にめあわせる。白が赤に入るので、南方の間色は紅(べに)である。『論語』郷党篇に「紅や紫は普段着にしない」とある。木の甲は金を畏れるので、妹の乙を庚にめあわせる。青が白に入るので、西方の間色は縹(はなだ、薄い青)である。火の丙は水を畏れるので、妹の丁を壬にめあわせる。赤が黒に入るので、北方の間色は紫である。孔子は「紫が朱の地位を奪うのを憎む」と言った。水の壬は土を畏れるので、妹の癸を戊にめあわせる。黒が黄に入るので、中央の間色は驪黄(黒みがかった黄)である。『五行書』には「甲は青、己は緑。丙は赤、辛は紅。庚は白、乙は縹。壬は黒、丁は紫。戊は黄、癸は驪黄」とある。これはみな、夫が本来の色で、妻が混じった色なのである。柳世隆は次のように言う。「八卦にはそれぞれの色がある。震は青、離は赤、兌は白、坎は黒である。これらはみな、その卦の方位にあたる正色である。乾は紫、艮は紅、巽は緑、坤は黄である。これらはみな間色である。坤は未の土の正色を取っている」。『甲乙経』(晋の皇甫謐の鍼灸書)には次のようにある。「青はかわせみの羽のよう、黒はからすの羽のよう、赤は鶏のとさかのよう、黄は蟹の腹のよう、白は豚の脂のよう。この五色は生気が顔に現れたものである。青は茂った草のよう、黒は水ごけのよう、黄は枳実(からたちの実)のよう、赤は凝った血のよう、白は枯れた骨のよう。この五色は死気が現れたものである」。『相経』(人相の書)には次のようにある。「青い気が現れ始めるときは麦の芽生えのよう、盛んなときは木の葉の青さのよう、去ろうとするときは水面の苔のようである。赤い気が現れ始めるときは赤土を塗った柱のよう、盛んなときは朱の丹のよう、去ろうとするときは乾いた血のようである。黄色い気が現れ始めるときは蚕が吐く糸のよう、盛んなときは博打の駒のよう、去ろうとするときは枯れ葉のようである。白い気が現れ始めるときは玉璽や玉璧のよう、盛んなときはおしろいの上の光のよう、去ろうとするときは新しい銭のようである。黒い気が現れ始めるときは、

解説

間色の説の続きと、色を見て生死や運気を判じる医学・人相の説である。前半では、干合の夫婦関係から五つの間色、緑・紅・縹・紫・驪黄を導き、『詩経』の緑衣や『論語』の「紫の朱を奪うを悪む」を引く。儒家では正色を尊び間色を卑しむ価値観があり、孔子のこの言葉は、にせものが本物を押しのけることへの嫌悪としてよく知られている。十干それぞれに色を当てる『五行書』の説は、夫を本色、妻を雑色とする干合の理屈を徹底したものである。後半は、医書『甲乙経』と人相書『相経』から、顔色の見方を引く。同じ青でも、かわせみの羽のような艶のある青は生気、茂った草のような濁った青は死気だという記述は、東洋医学の望診、すなわち顔色や肌つやで病状を見る診断法の古い形である。色を固定した記号ではなく、艶や濁りまで含めて移ろうものとして見る細やかな観察眼がうかがえる。

この章句が説くこと

五行大義間色望診相経紫

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