五行大義 / 第一釈名・第二論支干名
戊者。貿也。生長既極。極則應成貿易前體也。己者。紀也。物既始成。有條紀也。鄭玄云。戊之言茂也。己之言起也。謂萬物皆枝葉茂盛。其含秀者抑屈而起也。庚者。更也。辛者。新也。謂萬物成代。改更復新也。鄭玄云。謂萬物皆肅然改更。秀實新成也。壬者。任也。癸者。揆也。陰任於陽。揆然萌牙於物也。鄭玄云。時維閇藏萬物,懷任於下,揆然萌牙也。子者孳也,陽氣既動。萬物孳萌。三禮義宗云。陽氣至。孳養生。丑者。紐也。紐者。繫也。續萌而繫長也。故曰孳萌於子。紐牙於丑。三禮義宗云。言居終始之際。故以紐結爲名。寅者。移也。亦云引也。物牙稍吐。引而申之。移出於地也。淮南子云。寅。螾動生也。三禮義宗云。寅者。引也。肆建之義也。卯者。冒也。物生長大。覆冒於地也。淮南子云。丣。茂也。茂。然也。三禮義宗云。丣。茂也。陽氣至此。物生滋茂。辰者。震也。震動奮迅。去其故體也。三禮義宗云。此月之時。物盡震動而長。巳者。巳也。
新字:戊者。貿也。生長既極。極則応成貿易前体也。己者。紀也。物既始成。有条紀也。鄭玄云。戊之言茂也。己之言起也。謂万物皆枝葉茂盛。其含秀者抑屈而起也。庚者。更也。辛者。新也。謂万物成代。改更復新也。鄭玄云。謂万物皆粛然改更。秀実新成也。壬者。任也。癸者。揆也。陰任於陽。揆然萌牙於物也。鄭玄云。時維閇蔵万物,懐任於下,揆然萌牙也。子者孳也,陽気既動。万物孳萌。三礼義宗云。陽気至。孳養生。丑者。紐也。紐者。繋也。続萌而繋長也。故曰孳萌於子。紐牙於丑。三礼義宗云。言居終始之際。故以紐結為名。寅者。移也。亦云引也。物牙稍吐。引而申之。移出於地也。淮南子云。寅。螾動生也。三礼義宗云。寅者。引也。肆建之義也。卯者。冒也。物生長大。覆冒於地也。淮南子云。丣。茂也。茂。然也。三礼義宗云。丣。茂也。陽気至此。物生滋茂。辰者。震也。震動奮迅。去其故体也。三礼義宗云。此月之時。物尽震動而長。巳者。巳也。
書き下し
戊(ぼ)は買(貿)なり。生長既に極まる。極まれば則ち成りて前体を買(貿)易するに応ずるなり。己(き)は紀なり。物既に始めて成り、条紀有るなり。鄭玄云う、「戊の言は茂なり。己の言は起なり。万物皆枝葉茂盛し、其の秀を含む者抑屈して起つを謂うなり」と。庚(こう)は更なり。辛(しん)は新なり。万物成りて代わり、改め更めて復た新たなるを謂うなり。鄭玄云う、「万物皆粛然として改め更まり、秀実新たに成るを謂うなり」と。壬(じん)は任なり。癸(き)は揆なり。陰、陽を任(はら)み、揆然として物に萌牙(ほうが)するなり。鄭玄云う、「時維(こ)れ閉蔵し、万物は下に懐任し、揆然として萌牙するなり」と。子(し)は孳なり。陽気既に動き、万物孳萌(じぼう)す。三礼義宗に云う、「陽気至りて、孳養して生ず」と。丑(ちゅう)は紐なり。紐は繋なり。萌を続けて長を繋ぐなり。故に曰く、「子に孳萌し、丑に紐牙す」と。三礼義宗に云う、「終始の際に居るを言う、故に紐結を以て名と為す」と。寅(いん)は移なり。亦た引と云うなり。物の牙稍く吐き、引きて之を申ばし、地より移り出づるなり。淮南子に云う、「寅は螾(いん)として動き生ずるなり」と。三礼義宗に云う、「寅は引なり。肆建の義なり」と。卯(ぼう)は冒なり。物生長して大いに、地を覆い冒すなり。淮南子に云う、「丣(ぼう)は茂なり。茂は然なり」と。三礼義宗に云う、「丣は茂なり。陽気此に至り、物生じて滋茂す」と。辰(しん)は震なり。震動奮迅して、其の故体を去るなり。三礼義宗に云う、「此の月の時、物尽く震動して長ず」と。巳(し)は巳なり。
現代語訳
戊は貿(とりかえる)である。生長がすでに極まった。極まれば、成熟して以前の姿をとりかえようとするのである。己は紀(すじみち)である。物がはじめて成り、筋道ができるのである。鄭玄は「戊という言葉は茂(しげる)の意味である。己という言葉は起(おこる)の意味である。万物がみな枝葉を茂らせ、穂を含むものが、かがんでいた状態から起き上がることをいう」という。庚は更(あらためる)である。辛は新(あらたにする)である。万物が成熟して世代が入れ替わり、改められてまた新しくなることをいう。鄭玄は「万物がみな引き締まって改まり、穂や実が新たにできることをいう」という。壬は任(はらむ)である。癸は揆(はかる)である。陰が陽をはらみ、はかったように物の芽が萌え出るのである。鄭玄は「この時期は閉じ込めしまい込む時で、万物は地下で身ごもり、はかったように芽が萌え出るのである」という。子は孳(ふえる)である。陽の気が動きはじめ、万物が増え芽ぐむ。『三礼義宗』(梁の崔霊恩が『周礼』『儀礼』『礼記』の義を論じた書)には「陽の気がやって来て、増やし養って生じさせる」とある。丑は紐(ひも)である。紐とはつなぐことである。芽生えを続けて、成長につなげていくのである。だから「子で増え芽ぐみ、丑で芽を結びつける」という。『三礼義宗』には「終わりと始まりの境目にいることをいう。だから結び目を名とした」とある。寅は移(うつる)である。また引(ひく)ともいう。物の芽が少しずつ吐き出され、引き伸ばされて、地中から移り出るのである。『淮南子』には「寅は螾(みみず)のようにうごめいて生じることである」とある。『三礼義宗』には「寅は引である。伸ばし立てる意味である」とある。卯は冒(おおう)である。物が生長して大きくなり、地面を覆うのである。『淮南子』には「卯は茂(しげる)である。茂とは、そのようである(盛んなさま)」とある。『三礼義宗』には「卯は茂である。陽の気がここに至り、物が生じて盛んに茂る」とある。辰は震(ふるう)である。震い動き勢いよく奮い立って、もとの姿を脱ぎ捨てるのである。『三礼義宗』には「この月の時期には、物がことごとく震い動いて成長する」とある。巳は已(すでにおわる)である。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第一釈名・第二論支干名故体洗い去り、是に於いて已(すで)に竟(お)わるなり。三礼義宗に云う、「巳は起なり。物此の時に至りて、皆畢尽して起つ」と。午(ご)は仵(ご)なり。亦た萼(がく)と云うなり。仲夏の月、万物盛大にして、枝柯(しか)午に萼布す。淮南子に云う、「午は忤(ご)なり」と。三礼義宗に云う、「仵は長なり、大なり。物皆長大なるを明らかにするなり」と。未(び)は昧なり。陰気已に長じ、万物稍く衰え、体薆昧(あいまい)たるなり。故に曰く、「未に薆昧す」と。淮南子に云う、「未は味なり」と。三礼義宗に云う、「時物成るに向かい、皆気味有り」と。申(しん)は伸なり。伸は猶お引のごとく、長のごときなり。衰老引長す。淮南子に云う、「申は呻なり」と。三礼義宗に云う、「申は身なり。物皆身体成就するなり」と。酉(ゆう)は老なり。亦た熟と云うなり。万物老い極まりて成熟するなり。淮南子に云う、「酉は飽なり」と。三礼義宗に云う、「酉は猶なり。猶は倫の義なり。此の時、物皆縮小して成るなり」と。戌(じゅつ)は滅なり、殺なり。九月殺極まり、物皆滅ぶなり。三礼義宗に云う、「此の時物衰滅するなり」と。亥(がい)は核なり、閡(がい)なり。十月閉蔵し、万物皆核閡に入る。三礼義宗に云う、「亥は劾(がい)なり。陰気の万物を劾殺するを言うなり」と。爾雅の歳次に云う、「大歳寅に在るを、攝提格(せっていかく)と名づく」と。淮南子注に云う、「格は起なり。万物陽を承けて起つ」と。卯を単閼(たんあつ)と名づく。単は尽、閼は止なり。陽気万物を推して起こし、陰気尽き止むを言うなり。
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五行大義・第一釈名・第二論支干名辰を執徐(しつじょ)と名づく。執は蟄(ちつ)なり。徐は舒なり。伏蟄の物、皆散舒して出づるを言うなり。巳を大荒落(たいこうらく)と名づく。荒は大なり。万物熾盛にして大いに出で、落落として布散するを言うなり。午を䍧(敦牂(とんそう))と名づく。淮南子に云う、「欃槍(ざんそう)敦、盛なり。䍧(牂)は壮なり」と。万物盛壮なるを言うなり。未を協洽(きょうこう)と名づく。淮南子に云う、「協は和なり。洽は合なり」と。陰化せんと欲し、万物和合するを言うなり。申を涒灘(とんたん)と名づく。淮南子に云う、「涒灘は大いに脩むるなり」と。万物皆其の精気を脩むるを言うなり。酉を作鄂(さくがく)と名づく。淮南子に云う、「作鄂は零落なり」と。万物皆陊落(たらく)するを言うなり。戌を掩茂(えんも)と名づく。掩は蔽なり、茂は冒なり。万物皆蔽い冒わるるを言うなり。亥を大淵献(たいえんけん)と名づく。淵は蔵、献は迎なり。万物亥に終わり、大小深く蔵れ窟伏して、以て陽を迎うるを言うなり。子を困敦(こんとん)と名づく。困は混なり、敦は沌なり。陽気混沌として、万物牙孽(げげつ)するを言うなり。丑を赤奮若(せきふんじゃく)と名づく。奮は起なり、若は従なり。陽気奮迅して万物起こり、其の性に順わざる無きを言うなり。赤は陽の色なり。春秋緯に云う、大陰の所在の名は、淮南子・爾雅と同じからず。此れ並びに支干の別名の大意なり。終に気に従いて解す、故に以て具(つぶさ)に之を釈す。
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五行大義・第一釈名・第二論支干名支干は、五行に因りて之を立つ。昔、軒轅(けんえん)の時、大撓(たいどう)の制する所なり。蔡邕(さいよう)の月令章句に云う、「大撓、五行の情を採り、斗機の建す所を占う。始めて甲乙を作りて以て日に名づけ、之を幹と謂う。子丑を作りて以て月に名づけ、之を支と謂う。事の天に有れば、則ち日を用い、事の地に有れば、則ち辰を用う。陰陽の別なり、故に支干の名有り」と。而して名に総別有り。先ず総名を論じ、次に別号を言う。総名の支幹とは、幹の字に乃ち三種の不同有り。一には幹に作り、二には簳(かん)に作り、三には干の字に作る。今、簳の字を解すれば、此の支簳は既に相配して用を成すこと、樹木の支条・茎簳有りて、共に樹体を為すが如し。所以に簳と云う。又幹に作るは、幹済を義と為す。支は、支任を義と為す。此の日辰を以て、万事を任済す、故に支幹と云う。又干の字に作るは、亦た是れ簳の義なり。物の竿上に在りて、能く豎立(じゅりつ)して顕然たるが如し。故に亦た竿と云うなり。世書は易に従う、故に多く干とするなり。次に別号とは、詩緯推度災(しいすいどさい)に云う、「甲(こう)は押なり。春は則ち開き、冬は則ち闔(と)づ」と。鄭玄(じょうげん)の礼記月令に注して云う、「甲は抽なり。乙(おつ)は軋(あつ)なり。春の時、万物皆解け、孚甲(ふこう)自ら抽き軋りて出づるなり」と。丙(へい)は柄なり。物の生長、各おの其の柄を執る。鄭玄云う、「丙は炳なり。夏の時、万物強大にして、炳然として著見するなり」と。丁(てい)は亭なり。亭は猶お止のごときなり。物の生長、将に止まるに応ぜんとするなり。
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五行大義・第五論配支幹支干の義、多く配合する所あり。今略して方位及び配する所を論ず。幹は独り立たず、支は虚しく設けず、要ず配合を須(ま)ちて、以て歳月日時を定めて用う。君臣夫婦の、必ず配合して以て相成すが如し。総じて之を言えば、甲より癸に至るまでは、陽たり、干たり、日たり。寅より丑に至るまでは、陰たり、支たり、辰たり。別ちて之を言えば、干は則ち甲丙戊庚壬を陽と為し、乙丁己辛癸を陰と為す。支は則ち寅辰午申戌子を陽と為し、卯巳未酉亥丑を陰と為す。陽は則ち剛たり、君たり、夫たり、上たり、外たり、表たり、動たり、進たり、起たり、仰たり、前たり、左たり、徳たり、施たり、開たり。陰は則ち柔たり、臣たり、妻たり、妾たり、財たり、下たり、内たり、裏たり、止たり、退たり、伏たり、俯たり、後たり、右たり、刑たり、蔵たり、閉たり。陰陽の擬する所、例多くして且つ略す。大綱此くの如し。甲乙寅卯は木なり、位は東方に在り。丙丁巳午は火なり、位は南方に在り。戊己辰戌丑未は土なり、位は中央に在り、四季に分王し、丙丁に寄治す。庚辛申酉は金なり、位は西方に在り。壬癸亥子は水なり、位は北方に在り。甲は干の首たり、子は支の初めたり。相配するは、太陽の気、黄泉の下に動くは、建子の月に在り、黄鐘(こうしょう)の律、気の源たるは子に在り、故に子を以て先と為す。万物湊(あつ)まり出づるは、建寅の月に於いてし、皆以て形を見(あら)わす。甲は此の月に属す、故に甲を以て先と為して、子に配す。見わるる者は陽たり、故に干に従う。未だ見われざる者は陰たり、故に支に従う。所以に甲子を用いて相配し、六旬の始めと為す。干既に十有り、支は十二有り、輪転して相配し、癸亥に終わる。故に六十日有り。十日を一旬とす、故に六旬有り。一旬に一たび甲癸を尽くす。便ち甲を以て子に配して干を尽くせば、
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五行大義・第三明数・第三論支干数支干の数は、凡そ二種有り。一には通数、二には別数なり。今先ず通数を弁じ、後に別数を論ず。通数とは、十干・十二支なり。干の十有るは、天地の大数に応ずるなり。易の繋辞に言う、「天数は五、地数は五」と。天地の数、十を過ぎず、故に干は十に極まる。十は日を主る、十日を一旬と為すなり。支の十二なるは、礼稽命徴(れいけいめいちょう)に言う、「政を布くこと十二、尊卑序有り」と。援神契に言う、「三三参行し、四四相扶く」と。天に四時の気有り、三月を以て一時を成す、故に三三参行すと言う。四四相扶く。天地人之を三才と謂う、是れ三と為す者なり。物生の常数なり。因りて各おの三を生ず。本は三にして末は九、所以に十二なり。元命苞に言う、「数は三に成る、故に三に合う」と。三月にして、陽は九に極まる、故に一時は九十日なり。支は月に象る、十二月を一歳と為すなり。此れ通数を弁ず。別数とは、支の数は、則ち子の数は九、丑は八、寅は七、卯は六、辰は五、巳は四、午は九、未は八、申は七、酉は六、戌は五、亥は四なり。太玄経に云う、子午の九なるは、陽は子に起こりて午に訖(お)わり、陰は午に起こりて子に訖わる。故に子午は対衝して、陰陽二気の起こる所なり。寅は陽の始めたり、申は陰の始めたり。起こる所より左に数え、始まる所に至りて数を定む。故に子より数えて申に至れば、数九なり。午より数えて寅に至れば、亦た九なり。所以に子午は九なり。
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五行大義・第八論合孔子曰く、乾は陽なり、坤は陰なり、陰陽徳を合わす、と。五行の本は、生を天に受くれば、則ち成を地に受け、気を陽に稟(う)け、形を陰に定む。体は偏り立つこと無し、故に各々合有り。総べて之を言えば、干は陽と為して天に属し、支は地と為して陰に属す。別けて之を言えば、干に自ら陰陽有り。甲は陽、乙は陰、丙は陽、丁は陰、戊(ぼ)は陽、己(き)は陰、庚(こう)は陽、辛(しん)は陰、壬(じん)は陽、癸(き)は陰。支にも亦自ら陰陽有り。子(し)は陽、丑(ちゅう)は陰、寅(いん)は陽、卯(ぼう)は陰、辰(しん)は陽、巳(し)は陰、午(ご)は陽、未(び)は陰、申(しん)は陽、酉(ゆう)は陰、戌(じゅつ)は陽、亥(がい)は陰。各々天地に象りて、自ら相配合し、夫婦の道有り。
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