言志四録 / 言志耋録 第四十二条 人欲は飲食を尤も甚しとす
人欲中以飮食爲尤甚。余觀賤役庶徒。居隘巷。衣襤縷。唯於飮食。則都爲過分。所得錢賃。付之飮食。毎輙至典衣以代酒食。况乎貴介人飮食尤爲豊鮮。故聖人以簞食瓢飮稱顏子。以菲飮食稱大禹。其非易事可推也。
新字:人欲中以飲食為尤甚。余観賤役庶徒。居隘巷。衣襤縷。唯於飲食。則都為過分。所得銭賃。付之飲食。毎輙至典衣以代酒食。況乎貴介人飲食尤為豊鮮。故聖人以箪食瓢飲称顔子。以菲飲食称大禹。其非易事可推也。
書き下し
人欲の中、飲食を以て尤も甚しと為す。余、賤役の庶徒を観るに、隘巷に居り、襤縷を衣るも、唯飲食に於ては、則ち都て分を過ぐることを為す。得る所の銭賃は、之を飲食に付し、毎に輙ち衣を典して以て酒食に代ふるに至る。況んや貴介の人は、飲食尤も豊鮮なるをや。故に聖人は簞食瓢飲を以て顔子を称し、菲飲食を以て大禹を称す。其の易き事に非ざること推すべきなり。
現代語訳
人の欲のなかで、飲食の欲がもっとも強い。私が下働きの庶民を見ていると、狭い路地に住み、ぼろを着ていながら、飲食についてだけはみな身分不相応に費やしている。得た賃金は飲み食いに回し、しばしば着物を質に入れて酒や食べ物に換えるまでになる。まして身分の高い人は、飲食がいっそう豊かで新鮮である。だから孔子は、竹の器一杯の飯とひさご一杯の水で満足した顔回(孔子の高弟)をほめ、飲食を質素にした禹(夏の聖王)をたたえたのである。それが容易なことではないと推し量ることができる。
解説
人の欲のうち最も強いのは飲食だ、と一斎は江戸の町の観察から語ります。住まいや着物は粗末でも、稼ぎは飲み食いに消え、着物を質に入れてまで酒を求める。庶民がそうなら、豊かな身分の人はなおさらです。そこで一斎は、『論語』で孔子が顔回の「一簞の食、一瓢の飲」をほめ、禹が「飲食を菲くした」とたたえられた理由を読み解きます。聖人がわざわざ称えたのは、それがそれだけ難しいことだからだというのです。身近で日々繰り返される欲ほど、自制は難しくなります。大きな決断よりも、毎日の小さな習慣にこそ人の節度が表れる、という見方として読むこともできるでしょう。
この章句が説くこと
人欲飲食節制質素顔回
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