学問のすゝめ / 十七編・人望論・宮の渡しに同船したる人を
人を知り、人に知らるるの始源は、多くこの辺にありて存するものなり。人望栄名なぞの話はしばらく擱き、今日世間に知己朋友の多きは、差し向きの便利にあらずや。先年宮の渡しに同船したる人を、今日銀座の往来に見かけて双方図らず便利を得ることあり。今年出入りの八百屋が、来年奥州街道の旅籠屋にて腹痛の介抱してくれることもあらん。
書き下し
人を知り、人に知らるるの始源は、多くこの辺にありて存するものなり。人望栄名なぞの話はしばらく擱き、今日世間に知己朋友の多きは、差し向きの便利にあらずや。先年宮の渡しに同船したる人を、今日銀座の往来に見かけて双方図らず便利を得ることあり。今年出入りの八百屋が、来年奥州街道の旅籠屋にて腹痛の介抱してくれることもあらん。
現代語訳
人を知り、人に知られることの始まりは、多くこのあたりにあるものです。人望や名誉などの話はしばらく置いて、今日の世間に知り合いや友人が多いのは、さしあたっての便利ではありませんか。先年、宮の渡しで同じ船に乗った人を、今日銀座の往来で見かけて双方が思いがけず便利を得ることがあります。今年出入りの八百屋が、来年、奥州街道の旅籠屋で腹痛の介抱をしてくれることもあるでしょう。
解説
交際の効用が、大げさな話ではなく日々の便利として語られます。渡し船で同船した人と銀座で再会する、出入りの八百屋が旅先で看病してくれる。人望や名誉という言葉を一度脇に置き、知り合いが多いだけで得があると言うのです。縁がどこでどう返ってくるか分からないという実感が、具体的な地名と場面によって伝わってきます。
この章句が説くこと
縁偶然再会便利日常
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