学問のすゝめ / 十七編・人望論・目付に目をつけるがために目付を置き
人を当てにせざるはその人を疑えばなり。人を疑えば際限もあらず。目付に目をつけるがために目付を置き、監察を監察するがために監察を命じ、結局なんの取締りにもならずしていたずらに人の気配を損じたるの奇談は、古今にその例はなはだ多し。また三井・大丸の品は正札にて大丈夫なりとて品柄をも改めずしてこれを買い、馬琴の作なれば必ずおもしろしとて、表題ばかりを聞きて注文する者多し。ゆえに三井・大丸の店はますます繁盛し、馬琴の著書はますます流行して、商売にも著述にもはなはだ都合よきことあり。人望を得るの大切なることもって知るべし。
書き下し
人を当てにせざるはその人を疑えばなり。人を疑えば際限もあらず。目付に目をつけるがために目付を置き、監察を監察するがために監察を命じ、結局なんの取締りにもならずしていたずらに人の気配を損じたるの奇談は、古今にその例はなはだ多し。また三井・大丸の品は正札にて大丈夫なりとて品柄をも改めずしてこれを買い、馬琴の作なれば必ずおもしろしとて、表題ばかりを聞きて注文する者多し。ゆえに三井・大丸の店はますます繁盛し、馬琴の著書はますます流行して、商売にも著述にもはなはだ都合よきことあり。人望を得るの大切なることもって知るべし。
現代語訳
人を当てにしないのは、その人を疑うからです。人を疑えば際限がありません。目付に目をつけるために目付を置き、監察を監察するために監察を命じ、結局は何の取り締まりにもならずに、いたずらに人の気持ちを損ねたという珍談は、昔から今までその例が非常に多い。また三井や大丸の品は正札で大丈夫だといって品物を改めもせずに買い、馬琴の作なら必ず面白いといって、表題だけを聞いて注文する者が多い。ですから三井と大丸の店はますます繁盛し、馬琴の著書はますます流行して、商売にも著述にも非常に都合のよいことがあります。人望を得ることの大切さは、これで分かるでしょう。
解説
信頼の欠如がもたらす費用が示されます。疑いだせば際限がなく、監視を監視する役が要り、結局は取り締まりにならず気分だけが悪くなる。そして反対側の例が並びます。正札を信じて品を確かめずに買い、作者の名だけで本を注文する。信頼があれば確認の手間が省けるので商売が回る、と。人望が徳の話ではなく、取引を軽くする実利として説明されています。
この章句が説くこと
信頼監視費用正札実利
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