学問のすゝめ / 十七編・人望論・第一、言語を学ばざるべからず
第一 言語を学ばざるべからず。文字に記して意を通ずるは、もとより有力なるものにして、文通または著述等の心がけも等閑にすべからざるは無論なれども、近く人に接して、直ちにわが思うところを人に知らしむるには、言葉のほかに有力なるものなし。ゆえに言葉は、なるたけ流暢にして活発ならざるべからず。近来世上に演説会の設けあり。この演説にて有益なる事柄を聞くはもとより利益なれども、このほかに言葉の流暢活発を得るの利益は、演説者も聴聞者もともにするところなり。
書き下し
第一 言語を学ばざるべからず。文字に記して意を通ずるは、もとより有力なるものにして、文通または著述等の心がけも等閑にすべからざるは無論なれども、近く人に接して、直ちにわが思うところを人に知らしむるには、言葉のほかに有力なるものなし。ゆえに言葉は、なるたけ流暢にして活発ならざるべからず。近来世上に演説会の設けあり。この演説にて有益なる事柄を聞くはもとより利益なれども、このほかに言葉の流暢活発を得るの利益は、演説者も聴聞者もともにするところなり。
現代語訳
第一に、言葉を学ばねばなりません。文字に記して意を通じるのはもとより力のあるもので、手紙や著述などの心がけもおろそかにできないのはもちろんですが、身近に人に接して直接に自分の思うところを人に知らせるには、言葉のほかに力のあるものはありません。ですから言葉はなるべく流暢で活発でなければなりません。近ごろ世間に演説会の設けがあります。この演説で有益な事柄を聞くのはもとより利益ですが、このほかに言葉の流暢さと活発さを得る利益は、演説する者も聴く者もともに受けるところです。
解説
人望を得る第一の手立ては話す力だと示されます。文章も大切だと断ったうえで、目の前の人に直接伝えるには言葉に勝るものがない、と。そして演説会の効用が二重に説明されます。有益な内容を聞ける利益と、話し方が上達する利益。しかも後者は話す側だけでなく聴く側も受け取る、と。十二編の演説論が、ここでは人望の技術として再登場しています。
この章句が説くこと
言語口頭演説上達双方
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十七編・人望論・これを放却して上達するの理あるべからず人あるいは言わん、「言語・容貌は人々の天性に存するものなれば勉めてこれを如何ともすべからず、これを論ずるも詰まるところは無益に属するのみ」と。この言あるいは是なるがごとくなれども、人智発育の理を考えなば、その当たらざるを知るべし。およそ人心の働き、これを進めて進まざるものあることなし。その趣は人身の手足を役してその筋を強くするに異ならず。されば言語・容貌も人の心身の働きなれば、これを放却して上達するの理あるべからず。しかるに古来日本国中の習慣において、この大切なる心身の働きを捨てて顧みる者なきは、大なる心得違いにあらずや。ゆえに余輩の望むところは、改めて今日より言語容貌の学問と言うにはあらざれども、この働きを人の徳義の一ヵ条として等閑にすることなく、常に心にとどめて忘れざらんことを欲するのみ。
-
『学問のすゝめ』十二編・演説の法を勧むるの説・口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ず演説をもって事を述ぶれば、その事柄の大切なると否とはしばらく擱き、ただ口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ずるものなり。譬えば文章に記せばさまで意味なきことにても、言葉をもって述ぶればこれを了解すること易くして人を感ぜしむるものあり。古今に名高き名詩名歌というものもこの類にて、この詩歌を尋常の文に訳すれば絶えておもしろき味もなきがごとくなれども、詩歌の法に従いてその体裁を備うれば、限りなき風致を生じて衆心を感動せしむべし。ゆえに一人の意を衆人に伝うるの速やかなると否とは、そのこれを伝うる方法に関することはなはだ大なり。
-
『学問のすゝめ』十七編・人望論・気軽な人、気のおけぬ人余輩もとより今の人民に向かいて、その交際、親子夫婦のごとくならんことを望むにあらざれども、ただその赴くべきの方向を示すのみ。今日俗間の言に人を評して、あの人は気軽な人と言い、気のおけぬ人と言い、遠慮なき人と言い、さっぱりした人と言い、男らしき人と言い、あるいは多言なれどもほどのよき人と言い、騒々しけれども悪からぬ人と言い、無言なれども親切らしき人と言い、こわいようなれどもあっさりした人と言うがごときは、あたかも家族交際の有様を表わし出して、和して真率なるを称したるものなり。
-
『学問のすゝめ』十七編・人望論・今の日本人は今の日本語を巧みに用いてあるいは書生が「日本の言語は不便利にして、文章も演説もできぬゆえ、英語を使い英文を用うる」なぞと、取るにも足らぬ馬鹿を言う者あり。按ずるにこの書生は日本に生まれていまだ十分に日本語を用いたることなき男ならん。国の言葉はその国に事物の繁多なる割合に従いて、しだいに増加し、毫も不自由なきはずのものなり。何はさておき今の日本人は今の日本語を巧みに用いて弁舌の上達せんことを勉むべきなり。
-
『学問のすゝめ』十二編・演説の法を勧むるの説・演説とは英語にてスピイチと言い演説とは英語にてスピイチと言い、大勢の人を会して説を述べ、席上にてわが思うところを人に伝うるの法なり。わが国には古よりその法あるを聞かず、寺院の説法などはまずこの類なるべし。西洋諸国にては演説の法もっとも盛んにして、政府の議院、学者の集会、商人の会社、市民の寄合いより、冠婚葬祭、開業・開店等の細事に至るまでも、わずかに十数名の人を会することあれば、必ずその会につき、あるいは会したる趣意を述べ、あるいは人々平生の持論を吐き、あるいは即席の思い付きを説きて、衆客に披露するの風なり。この法の大切なるはもとより論を俟たず。譬えば今、世間にて議院などの説あれども、たとい院を開くも第一に説を述ぶるの法あらざれば、議院もその用をなさざるべし。
-
『学問のすゝめ』初編・字を学ばざるべからず前条に言えるとおり、人の一身も一国も、天の道理に基づきて不覊自由なるものなれば、もしこの一国の自由を妨げんとする者あらば世界万国を敵とするも恐るるに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば政府の官吏も憚るに足らず。ましてこのごろは四民同等の基本も立ちしことなれば、いずれも安心いたし、ただ天理に従いて存分に事をなすべしとは申しながら、およそ人たる者はそれぞれの身分あれば、またその身分に従い相応の才徳なかるべからず。身に才徳を備えんとするには、物事の理を知らざるべからず。物事の理を知らんとするには、字を学ばざるべからず。これすなわち学問の急務なるわけなり。