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学問のすゝめ / 十二編・演説の法を勧むるの説・演説とは英語にてスピイチと言い

演説とは英語にてスピイチと言い、大勢の人を会して説を述べ、席上にてわが思うところを人に伝うるの法なり。わが国には古よりその法あるを聞かず、寺院の説法などはまずこの類なるべし。西洋諸国にては演説の法もっとも盛んにして、政府の議院、学者の集会、商人の会社、市民の寄合いより、冠婚葬祭、開業・開店等の細事に至るまでも、わずかに十数名の人を会することあれば、必ずその会につき、あるいは会したる趣意を述べ、あるいは人々平生の持論を吐き、あるいは即席の思い付きを説きて、衆客に披露するの風なり。この法の大切なるはもとより論を俟たず。譬えば今、世間にて議院などの説あれども、たとい院を開くも第一に説を述ぶるの法あらざれば、議院もその用をなさざるべし。

書き下し

演説とは英語にてスピイチと言い、大勢の人を会して説を述べ、席上にてわが思うところを人に伝うるの法なり。わが国には古よりその法あるを聞かず、寺院の説法などはまずこの類なるべし。西洋諸国にては演説の法もっとも盛んにして、政府の議院、学者の集会、商人の会社、市民の寄合いより、冠婚葬祭、開業・開店等の細事に至るまでも、わずかに十数名の人を会することあれば、必ずその会につき、あるいは会したる趣意を述べ、あるいは人々平生の持論を吐き、あるいは即席の思い付きを説きて、衆客に披露するの風なり。この法の大切なるはもとより論を俟たず。譬えば今、世間にて議院などの説あれども、たとい院を開くも第一に説を述ぶるの法あらざれば、議院もその用をなさざるべし。

現代語訳

演説とは英語でスピーチと言い、大勢の人を集めて説を述べ、その席で自分の思うところを人に伝える方法です。わが国には昔からその方法があるとは聞きません。寺院の説法などがまずこの類でしょう。西洋諸国では演説の法が最も盛んで、政府の議院、学者の集会、商人の会社、市民の寄合いから、冠婚葬祭、開業や開店などの細事に至るまでも、わずか十数名の人が集まることがあれば、必ずその会について、集まった趣旨を述べたり、人々が日ごろの持論を吐いたり、その場の思いつきを説いたりして、来客に披露する風習です。この方法の大切さはもとより言うまでもありません。たとえば今、世間で議院などの説がありますが、たとえ院を開いても、まず説を述べる方法がなければ、議院もその役に立たないでしょう。

解説

十二編は演説の勧めから始まります。スピーチという語をそのまま示し、日本にこの習慣がないことを率直に書く。西洋では十数人集まれば必ず誰かが述べる、という観察が具体的です。そして実用の理屈が置かれます。議院を開いても、説を述べる技術がなければ機能しない、と。制度だけ輸入しても中身が動かないという、五編以来の主題がここでも繰り返されています。

この章句が説くこと

演説スピーチ習慣議院技術

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