学問のすゝめ / 十二編・演説の法を勧むるの説・口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ず
演説をもって事を述ぶれば、その事柄の大切なると否とはしばらく擱き、ただ口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ずるものなり。譬えば文章に記せばさまで意味なきことにても、言葉をもって述ぶればこれを了解すること易くして人を感ぜしむるものあり。古今に名高き名詩名歌というものもこの類にて、この詩歌を尋常の文に訳すれば絶えておもしろき味もなきがごとくなれども、詩歌の法に従いてその体裁を備うれば、限りなき風致を生じて衆心を感動せしむべし。ゆえに一人の意を衆人に伝うるの速やかなると否とは、そのこれを伝うる方法に関することはなはだ大なり。
書き下し
演説をもって事を述ぶれば、その事柄の大切なると否とはしばらく擱き、ただ口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ずるものなり。譬えば文章に記せばさまで意味なきことにても、言葉をもって述ぶればこれを了解すること易くして人を感ぜしむるものあり。古今に名高き名詩名歌というものもこの類にて、この詩歌を尋常の文に訳すれば絶えておもしろき味もなきがごとくなれども、詩歌の法に従いてその体裁を備うれば、限りなき風致を生じて衆心を感動せしむべし。ゆえに一人の意を衆人に伝うるの速やかなると否とは、そのこれを伝うる方法に関することはなはだ大なり。
現代語訳
演説で事を述べれば、その事柄が大切かどうかはしばらく置いて、ただ口上で述べる際に自然と味わいが生じるものです。たとえば文章に記せばさほど意味のないことでも、言葉で述べれば理解しやすく、人を感じさせるものがあります。昔から名高い名詩名歌というものもこの類で、この詩歌を普通の文に訳せばまったく面白い味わいもないようですが、詩歌の法に従ってその体裁を備えれば、限りない趣を生じて多くの人の心を動かします。ですから一人の考えを多くの人に伝えるのが速いか遅いかは、それを伝える方法に関わることが非常に大きいのです。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみさればと言うてその内容にのみ腐心して形式を疎外視することもよろしくない。およそ各種の事業として、内外共に権衡を欠いてはならぬ。要するに、単にその表面を衒わんがため、いたずらに形式にのみ囚わるるということは、最も注意してこれを避けねばならぬ。
-
『墨子』魯問子墨子曰く、曹公子を出だして宋に於いてす。三年にして反る。子墨子を睹て曰く、「始め吾れ子の門に游びしとき、短褐の衣、藿羮も朝に之を得れば則ち夕に得ず、鬼神を祭祀す。而して夫子の政を以て家、始めより厚し。家、厚きこと有りて謹んで鬼神を祭祀す。然り而して人徒、多く死し、六畜、蕃らず、身は病に湛む。吾れ未だ夫子の道の用う可きを知らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ鬼神の人に欲する所の者は多し。人の髙爵禄に處らば則ち以て賢に讓り、財多ければ則ち以て貧に分かつを欲す。夫れ鬼神、豈に唯だ擢季拑肺を之れ欲せんや。今、子は髙爵禄に處りて以て賢に讓らず、一の不祥なり。財多くして以て貧に分かたず、二の不祥なり。今、子、鬼神に事うるは、唯だ祭るのみ。而して曰く、『病、何自り至れるか』と。是れ猶お百門にして一門を閉じて、『盜、何從り入らん』と曰うがごときなり。是くの若くして福を求むるは、怪の鬼に於いて有らんや。豈に可ならんや」と。
-
『驢鞍橋』卷下一日、去る人来り曰く何某は殊勝の僧にて、常に誦経計せらるゝ也。師聞て曰く、夫れても娑婆は大切なるべしと也。
-
『呻吟語』内篇・應務・習尚の人を壞るは狂泉を飲むが如し士君子の相與するや、必ず諸を禮義に協へ、世俗の計較一切を將て脫し盡くすを求む。今世禮を知ると號する者は、全く聖賢の本意を理會せず、只だ是れ節文習熟し、事體諳練し、燦然として觀る可し。人便ち之を稱し、自家欣然として自得し、泰然として人を責む。嗟夫、繁文彌いよ尚ばれてより先王の道湮沒す。天下の苦だ相責め、群がりて相逐ふ者は、皆な末世の靡文なり。之を道に求むれば、十に九は合はず。此れを之れ習尚と謂ふ。習尚の人を壞るは、狂泉を飲むが如し。
-
史記 趙世家且つ服奇なる者は志淫なりとせば、則ち是れ鄒・魯に奇行無きなり。俗辟なる者は民易なりとせば、則ち是れ呉・越に秀士無きなり。且つ聖人は身を利するを之を服と謂ひ、事を便にするを之を礼と謂ふ。夫れ進退の節、衣服の制は、常民を斉しくする所以なり。賢者を論ずる所以に非ざるなり。
-
『呻吟語』外篇・治道・霹靂手段に非ずんば天地間の真實の道理を把りて虛套子と作して幹し、世間の虛套子を把りて實事と作して幹す。吁、從り來たる所久し。霹靂手段に非ずんば、此の錮習を變じ得ず。