塩鉄論 / 散不足篇
「古者、庶人糲食藜藿、非鄉飲酒膢臘祭祀無酒肉。故諸侯無故不殺牛羊、大夫士無故不殺犬豕。今閭巷縣佰。阡伯屠沽、無故烹殺、相聚野外。負粟而往、挈肉而歸。夫一豕之肉、得中年之收、十五斗粟、當丁男半月之食。
新字:「古者、庶人糲食藜藿、非鄉飲酒膢臘祭祀無酒肉。故諸侯無故不殺牛羊、大夫士無故不殺犬豕。今閭巷県佰。阡伯屠沽、無故烹殺、相聚野外。負粟而往、挈肉而帰。夫一豕之肉、得中年之収、十五斗粟、当丁男半月之食。
書き下し
古者、庶人は糲食藜藿にして、鄉飲酒・膢臘・祭祀に非ざれば酒肉無し。故に諸侯は故無くして牛羊を殺さず、大夫士は故無くして犬豕を殺さず。今閭巷縣佰、阡伯にて屠沽し、故無くして烹殺し、相い聚まりて野外にす。粟を負いて往き、肉を挈げて歸る。夫れ一豕の肉は、中年の收を得、十五斗の粟は、丁男半月の食に當たる。
現代語訳
昔は、庶民は粗末な飯に藜や豆の葉を食べ、郷里の酒宴や祭りや祭祀でなければ酒も肉もなかった。だから諸侯はわけもなく牛や羊を殺さず、大夫や士もわけもなく犬や豚を殺さなかった。いまは町の路地でも村の道端でも、屠って売り、わけもなく煮て殺し、みなで集まって野外で食べている。粟を背負って出かけ、肉を提げて帰ってくる。そもそも豚一頭の肉は、並の年の収穫に匹敵する。粟十五斗といえば、働き盛りの男の半月分の食にあたるのだ。
解説
また換算が出てきます。**豚一頭の肉は並の年の収穫に匹敵し、粟十五斗は働き手の半月分の食にあたる。**野外で集まって肉を食べる、という光景そのものは楽しげですが、その一回の費用を月々の食で割ってみせる。賢良の批判の型は一貫していて、感情ではなく交換比率で示します。何かを買うたびに、それが何日分の暮らしに相当するかを換算する習慣は、いまも家計と経営の両方で効きます。
この章句が説くこと
一豕の肉は中年の収を得る丁男半月の食に当たる故無くして烹殺す費用比較実利
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