学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・人の商売を見て拙なりと思わばみずから試むべし
試みに告ぐ、後進の少年輩、人の仕事を見て心に不満足なりと思わば、みずからその事を執りてこれを試むべし。人の商売を見て拙なりと思わば、みずからその商売に当たりてこれを試むべし。隣家の世帯を見て不取締りと思わば、みずからこれを自家に試むべし。人の著書を評せんと欲せば、みずから筆を執りて書を著わすべし。学者を評せんと欲せば学者たるべし。医者を評せんと欲せば医者たるべし。至大のことより至細のことに至るまで、他人の働きに喙を容れんと欲せば、試みに身をその働きの地位に置きて躬みずから顧みざるべからず。あるいは職業のまったく相異なるものあらば、よくその働きの難易軽重を計り、異類の仕事にてもただ働きと働きとをもって自他の比較をなさば大なる謬りなかるべし。
書き下し
試みに告ぐ、後進の少年輩、人の仕事を見て心に不満足なりと思わば、みずからその事を執りてこれを試むべし。人の商売を見て拙なりと思わば、みずからその商売に当たりてこれを試むべし。隣家の世帯を見て不取締りと思わば、みずからこれを自家に試むべし。人の著書を評せんと欲せば、みずから筆を執りて書を著わすべし。学者を評せんと欲せば学者たるべし。医者を評せんと欲せば医者たるべし。至大のことより至細のことに至るまで、他人の働きに喙を容れんと欲せば、試みに身をその働きの地位に置きて躬みずから顧みざるべからず。あるいは職業のまったく相異なるものあらば、よくその働きの難易軽重を計り、異類の仕事にてもただ働きと働きとをもって自他の比較をなさば大なる謬りなかるべし。
現代語訳
試みに告げます。後進の少年たちよ、人の仕事を見て心に不満足だと思えば、自分でその事を執ってこれを試みなさい。人の商売を見て拙いと思えば、自分でその商売に当たってこれを試みなさい。隣家の暮らしを見て締まりがないと思えば、自分でこれを自分の家で試みなさい。人の著書を評そうと思えば、自分で筆を執って書を著しなさい。学者を評そうと思えば学者になりなさい。医者を評そうと思えば医者になりなさい。最も大きなことから最も細かなことまで、他人の働きに口を挟もうと思えば、試みに身をその働きの地位に置いて自ら顧みなければなりません。あるいは職業がまったく異なるものがあれば、よくその働きの難易と軽重を計り、種類の違う仕事でも、ただ働きと働きとで自他を比べれば大きな誤りはないでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』魯問魯の南鄙の人に吳慮なる者有り。冬は陶し夏は耕して、自ら舜に比す。子墨子、聞きて之に見ゆ。吳慮、子墨子に謂う、「義のみ、義のみ。焉んぞ之を言うを用いんや」と。子墨子曰く、「子の所謂る義なる者は、亦た力有りて以て人を勞し、財有りて以て人に分かつか」と。吳慮曰く、「有り」と。子墨子曰く、「翟、嘗て之を計れり。翟、耕して天下の人に食わしめんことを慮る。盛んにして、然る後に一農の耕に當たる。諸を天下に分かたば、人ごとに一升の粟をも得る能わず。藉りて以て一升の粟を得と為すも、其の天下の饑を飽かしむる能わざるは、既に睹る可し。
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