学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・石の地蔵に飛脚の魂を入れたるがごとく
もしこれらの人をしておのおのその働きの分限に従いて勤むることあらしめなば、おのずから活発為事の楽地を得て、しだいに事業の進歩をなし、ついには心事と働きと相平均するの場合にも至るべきはずなるに、かつてここに心づかず、働きの位は一におり、心事の位は十にとどまり、一にいて十を望み、十にいて百を求め、これを求めて得ずしていたずらに憂いを買う者と言うべし。これを譬えば石の地蔵に飛脚の魂を入れたるがごとく、中風の患者に神経の穎敏を増したるがごとし。その不平不如意は推して知るべきなり。
書き下し
もしこれらの人をしておのおのその働きの分限に従いて勤むることあらしめなば、おのずから活発為事の楽地を得て、しだいに事業の進歩をなし、ついには心事と働きと相平均するの場合にも至るべきはずなるに、かつてここに心づかず、働きの位は一におり、心事の位は十にとどまり、一にいて十を望み、十にいて百を求め、これを求めて得ずしていたずらに憂いを買う者と言うべし。これを譬えば石の地蔵に飛脚の魂を入れたるがごとく、中風の患者に神経の穎敏を増したるがごとし。その不平不如意は推して知るべきなり。
現代語訳
もしこれらの人にそれぞれの働きの分限に従って勤めさせれば、自然と活発に事をなす楽しい境地を得て、次第に事業の進歩をなし、ついには心事と働きが釣り合う場合にも至るはずなのに、ここに気づかず、働きの位は一にいて心事の位は十にとどまり、一にいて十を望み、十にいて百を求め、これを求めて得られずにいたずらに憂いを買う者と言うべきです。これをたとえれば、石の地蔵に飛脚の魂を入れたようなもの、中風の患者に神経の鋭さを増したようなものです。その不平と不如意は推して知るべきです。
解説
処方が示されます。まず自分の分限に見合う仕事を勤めれば、進歩して心事に追いつく、と。順序を守れば釣り合う場所に着ける、という道筋です。そして二つの比喩が痛烈です。石の地蔵に飛脚の魂を入れ、中風の患者に鋭い神経を与える。動けない体に急ぐ心を入れれば、苦しみだけが増える。望みと力の落差が生む痛みが、身体の像で表されています。
この章句が説くこと
分限順序落差比喩苦痛
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