学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・常に人の憂うるを見て悦ぶを見ず
儒者は己れを知る者なきを憂い、書生は己れを助くる者なきを憂い、役人は立身の手がかりなきを憂い、町人は商売の繁盛せざるを憂い、廃藩の士族は活計の路なきを憂い、非役の華族は己れを敬する者なきを憂い、朝々暮々憂いありて楽あることなし。今日世間にこの類の不平はなはだ多きを覚ゆ。その証を得んと欲せば、日常交際の間によく人の顔色を窺い見て知るべし。言語・容貌、活発にして胸中の快楽外に溢るるがごとき者は、世上にその人はなはだまれなるべし。余輩の実験にては、常に人の憂うるを見て悦ぶを見ず、その面を借用したらば不幸の見舞いなどに至極よろしからんと思わるるものこそ多けれ、気の毒千万なる有様ならずや。
書き下し
儒者は己れを知る者なきを憂い、書生は己れを助くる者なきを憂い、役人は立身の手がかりなきを憂い、町人は商売の繁盛せざるを憂い、廃藩の士族は活計の路なきを憂い、非役の華族は己れを敬する者なきを憂い、朝々暮々憂いありて楽あることなし。今日世間にこの類の不平はなはだ多きを覚ゆ。その証を得んと欲せば、日常交際の間によく人の顔色を窺い見て知るべし。言語・容貌、活発にして胸中の快楽外に溢るるがごとき者は、世上にその人はなはだまれなるべし。余輩の実験にては、常に人の憂うるを見て悦ぶを見ず、その面を借用したらば不幸の見舞いなどに至極よろしからんと思わるるものこそ多けれ、気の毒千万なる有様ならずや。
現代語訳
儒者は自分を知る者がないのを憂え、書生は自分を助ける者がないのを憂え、役人は出世の手がかりがないのを憂え、町人は商売が繁盛しないのを憂え、廃藩の士族は生計の道がないのを憂え、役のない華族は自分を敬う者がないのを憂え、朝も夕も憂いがあって楽しみがない。今日の世間にこの類の不平が非常に多いと感じます。その証拠を得ようと思えば、日常の付き合いの中でよく人の顔色を窺って知るべきです。言葉も表情も活発で、胸中の喜びが外にあふれるような人は、世の中に非常にまれでしょう。私の実感では、常に人が憂えるのを見て喜ぶのを見ません。その顔を借りたら不幸の見舞いなどに至極よろしかろうと思われる人こそ多い。気の毒千万なありさまではありませんか。
解説
この章句が説くこと
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