学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・蒸気に機関なきがごとく船に楫なきがごとし
第三 人の働きには規則なかるべからず。その働きをなすに場所と時節とを察せざるべからず。譬えば道徳の説法はありがたきものなれども、宴楽の最中に突然とこれを唱うればいたずらに人の嘲りを取るに足るのみ。書生の激論も時には面白からざるにあらずといえども、親戚児女子団座の席にこれを聞けば発狂人と言わざるを得ず。この場所柄と時節柄とを弁別して規則あらしむるはすなわち心事の明らかなるものなり。人の働きのみ活発にして明智なきは、蒸気に機関なきがごとく、船に楫なきがごとし。ただに益をなさざるのみならずかえって害を致すこと多し。
書き下し
第三 人の働きには規則なかるべからず。その働きをなすに場所と時節とを察せざるべからず。譬えば道徳の説法はありがたきものなれども、宴楽の最中に突然とこれを唱うればいたずらに人の嘲りを取るに足るのみ。書生の激論も時には面白からざるにあらずといえども、親戚児女子団座の席にこれを聞けば発狂人と言わざるを得ず。この場所柄と時節柄とを弁別して規則あらしむるはすなわち心事の明らかなるものなり。人の働きのみ活発にして明智なきは、蒸気に機関なきがごとく、船に楫なきがごとし。ただに益をなさざるのみならずかえって害を致すこと多し。
現代語訳
第三に、人の働きには規則がなくてはなりません。その働きをするのに場所と時節を察しなければなりません。たとえば道徳の説法はありがたいものですが、宴会の最中に突然これを唱えれば、いたずらに人の嘲りを買うだけです。書生の激論も時には面白くないわけではありませんが、親戚や女子供が集まった席でこれを聞けば、狂人と言わざるを得ません。この場所柄と時節柄を見分けて規則を持たせるのが、心事の明らかなものです。人の働きだけが活発で明るい智恵がないのは、蒸気に機関がないよう、船に舵がないようなものです。ただ益をなさないばかりか、かえって害をもたらすことが多い。
解説
心事の第三の役目は、場所と時をわきまえることです。宴会の最中の説法、家族の団らんでの激論。内容が正しくても、場が違えば嘲られ狂人と見られる。正しさと適切さは別だという指摘です。そして比喩が置かれます。働きだけあって智恵がないのは、蒸気に機関がなく船に舵がないようなもの。力があるほど、方向がなければ害になるという理屈です。
この章句が説くこと
場所時節適切舵暴走
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