学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・いたずらに労して功なからしむる
第二 人の働きはその難易にかかわらずして、用をなすの大なるものと小なるものとあり。囲碁・将棋等の技芸も易きことにあらず、これらの技芸を研究して工夫を運らすの難きは、天文・地理・器械・数学等の諸件に異ならずといえども、その用をなすの大小に至りてはもとより同日の論にあらず。今この有用無用を明察して有用の方につかしむるものは、すなわち心事の明らかなる人物なり。ゆえにいわく、心事明らかならざれば人の働きをしていたずらに労して功なからしむることあり。
書き下し
第二 人の働きはその難易にかかわらずして、用をなすの大なるものと小なるものとあり。囲碁・将棋等の技芸も易きことにあらず、これらの技芸を研究して工夫を運らすの難きは、天文・地理・器械・数学等の諸件に異ならずといえども、その用をなすの大小に至りてはもとより同日の論にあらず。今この有用無用を明察して有用の方につかしむるものは、すなわち心事の明らかなる人物なり。ゆえにいわく、心事明らかならざれば人の働きをしていたずらに労して功なからしむることあり。
現代語訳
第二に、人の働きはその難しさにかかわらず、役に立つことが大きいものと小さいものとがあります。囲碁や将棋などの技芸も易しいことではなく、これらの技芸を研究して工夫をめぐらす難しさは、天文、地理、器械、数学などと変わりませんが、その役立つ度合いの大小に至ってはもとより同列に論じられません。今この有用と無用を見抜いて有用のほうにつかせるものが、心事の明らかな人物です。ですから言います。心事が明らかでなければ、人の働きをいたずらに労して功なきものにさせることがあるのです。
解説
心事の第二の役目は、難しさと有用さを混同しないことです。囲碁や将棋の研究は天文や数学に劣らず難しいが、役に立つ度合いは違う、と。難しいことをしていると充実してしまうが、それが有用とは限らない、という指摘は耳に痛い。骨の折れる仕事に没頭しているうちに、成果につながらないまま労力だけが消えることへの警告になっています。
この章句が説くこと
難易有用混同労力見抜き
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