学問のすゝめ / 十六編・心事と働きと相当すべきの論・人に金を貸さずして返金の遅きを怨む
第四 前の条々は人に働きありて心事の不行届きなる弊害なれども、今これに反し、心事のみ高尚遠大にして事実の働きなきも、またはなはだ不都合なるものなり。心事高大にして働きに乏しき者は、常に不平をいだかざるを得ず。世間の有様を通覧して仕事を求むるに当たり、己が手に叶うことは悉皆己が心事より以下のことなればこれに従事するを好まず、さりとて己が心事を逞しゅうせんとするには実の働きに乏しくしてことに当たるべからず、ここにおいてかその罪を己れに責めずして他を咎め、あるいは「時に遇わず」と言い、あるいは「天命至らず」と言い、あたかも天地の間になすべき仕事なきもののごとくに思い込み、ただ退きて私に煩悶するのみ。口に怨言を発し、面に不平を顕わし、身外みな敵のごとく、天下みな不親切なるがごとし。その心中を形容すれば、かつて人に金を貸さずして返金の遅きを怨むものと言うも可なり。
書き下し
第四 前の条々は人に働きありて心事の不行届きなる弊害なれども、今これに反し、心事のみ高尚遠大にして事実の働きなきも、またはなはだ不都合なるものなり。心事高大にして働きに乏しき者は、常に不平をいだかざるを得ず。世間の有様を通覧して仕事を求むるに当たり、己が手に叶うことは悉皆己が心事より以下のことなればこれに従事するを好まず、さりとて己が心事を逞しゅうせんとするには実の働きに乏しくしてことに当たるべからず、ここにおいてかその罪を己れに責めずして他を咎め、あるいは「時に遇わず」と言い、あるいは「天命至らず」と言い、あたかも天地の間になすべき仕事なきもののごとくに思い込み、ただ退きて私に煩悶するのみ。口に怨言を発し、面に不平を顕わし、身外みな敵のごとく、天下みな不親切なるがごとし。その心中を形容すれば、かつて人に金を貸さずして返金の遅きを怨むものと言うも可なり。
現代語訳
第四に、前の条々は人に働きがあって心事が行き届かない弊害でしたが、今これに反して、心事だけが高尚遠大で実際の働きがないのも、また非常に不都合なものです。心事が大きくて働きに乏しい者は、常に不平を抱かずにいられません。世間のありさまを見渡して仕事を求めるとき、自分の手に負えることはことごとく自分の心事より下のことなので従事するのを好まず、さりとて自分の心事を遂げようとすれば実際の働きに乏しくて事に当たれない。そこでその罪を自分に責めずに他を咎め、時に遇わないと言い、天命が至らないと言い、まるで天地の間になすべき仕事がないかのように思い込み、ただ退いて一人で悩むだけです。口には怨みごとを発し、顔には不平を表し、身の外がみな敵のようで、天下がみな不親切のようです。その心中を形容すれば、かつて人に金を貸してもいないのに返金の遅いのを怨む者と言ってもよいでしょう。
解説
この章句が説くこと
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