学問のすゝめ / 十六編・手近く独立を守ること・隣家の品は綿縮緬に鍍金なりしとぞ
他人の好尚に同じゅうするはなおかつ許すべし。その笑うべきの極度に至りては他人の物を誤り認め、隣りの細君が御召縮緬に純金の簪をと聞きて大いに心を悩まし、急に我もと注文して後によくよく吟味すれば、豈計らんや、隣家の品は綿縮緬に鍍金なりしとぞ。かくのごときは、すなわちわが本心を支配するものは自分の物にあらずまた他人の物にもあらず、煙のごとき夢中の妄想に制せられて、一身一家の世帯は妄想の往来に任ずるものと言うべし。精神独立の有様とは多少の距離あるべし。その距離の遠近は銘々にて測量すべきものなり。
書き下し
他人の好尚に同じゅうするはなおかつ許すべし。その笑うべきの極度に至りては他人の物を誤り認め、隣りの細君が御召縮緬に純金の簪をと聞きて大いに心を悩まし、急に我もと注文して後によくよく吟味すれば、豈計らんや、隣家の品は綿縮緬に鍍金なりしとぞ。かくのごときは、すなわちわが本心を支配するものは自分の物にあらずまた他人の物にもあらず、煙のごとき夢中の妄想に制せられて、一身一家の世帯は妄想の往来に任ずるものと言うべし。精神独立の有様とは多少の距離あるべし。その距離の遠近は銘々にて測量すべきものなり。
現代語訳
他人の好みに合わせるのはまだ許せます。その笑うべき極みに至っては、他人の物を見誤り、隣の奥さんが上等の縮緬に純金のかんざしだと聞いて大いに心を悩まし、急に自分もと注文して、後でよくよく吟味すれば、なんと隣家の品は綿の縮緬に金めっきだったといいます。このようであれば、自分の本心を支配するものは自分の物でもなく他人の物でもなく、煙のような夢の中の妄想に制せられて、一身一家の暮らしは妄想の行き来に任せているものと言うべきです。精神の独立のありさまとは、多少の距離があるでしょう。その距離の遠近は、めいめいで測るべきものです。
解説
見栄の競争が滑稽な結末を迎えます。純金だと思って張り合った相手のかんざしは、実はめっきだった。支配しているのは他人の物ですらなく、思い込みだったことになります。煙のような妄想に暮らしを預けている、という表現が的確です。そして最後の一行が効いています。精神の独立からどれだけ離れているかは各自で測れ、と。裁くのではなく測らせる結び方です。
この章句が説くこと
見栄誤認妄想距離自測
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