学問のすゝめ / 十六編・手近く独立を守ること・主人は品物の支配を受けてこれに奴隷使せらるる
この着物に不似合いなりとてかの羽織を作り、この衣裳に不相当なりとてかの煙草入れを買い、衣服すでに備われば屋宅の狭きも不自由となり、屋宅の普請はじめて落成すれば宴席を開かざるもまた不都合なり、鰻飯は西洋料理の媒酌となり、西洋料理は金の時計の手引きとなり、比より彼に移り、一より十に進み、一進また一進、段々限りあることなし。この趣を見れば一家の内には主人なきがごとく、一身の内には精神なきがごとく、物よく人をして物を求めしめ、主人は品物の支配を受けてこれに奴隷使せらるるものと言うべし。
書き下し
この着物に不似合いなりとてかの羽織を作り、この衣裳に不相当なりとてかの煙草入れを買い、衣服すでに備われば屋宅の狭きも不自由となり、屋宅の普請はじめて落成すれば宴席を開かざるもまた不都合なり、鰻飯は西洋料理の媒酌となり、西洋料理は金の時計の手引きとなり、比より彼に移り、一より十に進み、一進また一進、段々限りあることなし。この趣を見れば一家の内には主人なきがごとく、一身の内には精神なきがごとく、物よく人をして物を求めしめ、主人は品物の支配を受けてこれに奴隷使せらるるものと言うべし。
現代語訳
この着物に不似合いだといってあの羽織を作り、この衣装に不相応だといってあの煙草入れを買い、衣服がすでに揃えば家の狭さも不自由になり、家の普請がやっと落成すれば宴席を開かないのもまた不都合になる。鰻飯は西洋料理の仲立ちとなり、西洋料理は金の時計の手引きとなり、これからあれに移り、一から十へ進み、一歩また一歩と、次第に限りがありません。このさまを見れば、一家の内には主人がないようで、一身の内には精神がないようで、物がよく人に物を求めさせ、主人は品物の支配を受けてこれに奴隷のように使われるものと言うべきです。
解説
欲しいものが次を呼ぶ連鎖が、具体的に辿られます。着物から羽織へ、羽織から煙草入れへ、家の広さへ、宴席へ。鰻飯が西洋料理を呼び、西洋料理が金時計を呼ぶ。一つずつは小さな判断なのに、止まる場所がありません。そして結論が置かれます。物が人に物を求めさせ、主人が品物に使われている、と。消費に主導権を奪われる姿を、百五十年前に描き出した一段です。
この章句が説くこと
連鎖消費主導権奴隷際限