学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・彼の富強はまことに羨むべしといえども
西洋の文明もとより慕うべし。これを慕いこれに倣わんとして日もまた足らずといえども、軽々これを信ずるは信ぜざるの優に若かず。彼の富強はまことに羨むべしといえども、その人民の貧富不平均の弊をも兼ねてこれに倣うべからず。日本の租税寛なるにあらざれども、英国の小民が地主に虐せらるるの苦痛を思えば、かえってわが農民の有様を祝せざるべからず。西洋諸国、婦人を重んずるの風は人間世界の一美事なれども、無頼なる細君が跋扈して良人を窘しめ、不順なる娘が父母を軽蔑して醜行を逞しゅうするの俗に心酔すべからず。
書き下し
西洋の文明もとより慕うべし。これを慕いこれに倣わんとして日もまた足らずといえども、軽々これを信ずるは信ぜざるの優に若かず。彼の富強はまことに羨むべしといえども、その人民の貧富不平均の弊をも兼ねてこれに倣うべからず。日本の租税寛なるにあらざれども、英国の小民が地主に虐せらるるの苦痛を思えば、かえってわが農民の有様を祝せざるべからず。西洋諸国、婦人を重んずるの風は人間世界の一美事なれども、無頼なる細君が跋扈して良人を窘しめ、不順なる娘が父母を軽蔑して醜行を逞しゅうするの俗に心酔すべからず。
現代語訳
西洋の文明はもとより慕うべきものです。これを慕いこれに倣おうとして日が足りないほどですが、軽々しくこれを信じるのは、信じないほうがまさります。あちらの富強はまことに羨むべきですが、その人民の貧富が釣り合わない弊害まで一緒に倣ってはなりません。日本の租税は緩やかではありませんが、イギリスの小民が地主に虐げられる苦痛を思えば、かえってわが農民のありさまを喜ばねばなりません。西洋諸国が婦人を重んじる風は人の世界の一つの美点ですが、無頼な妻が跋扈して夫を苦しめ、素直でない娘が父母を軽蔑して醜い行いを恣にする風俗にまで心酔してはなりません。
解説
取捨の実例が三つ示されます。富強は羨むが貧富の偏りまで倣うな、租税は重いが地主に虐げられる小作の苦痛に比べれば農民の境遇を喜べ、婦人を重んじる風は美点だが家庭の乱れまで心酔するな。いずれも同じ形で、良いところと付随する弊害を切り分けています。丸ごと採らず一つずつ判定するという十五編の方針が、実際に運用されて見せられた段です。
この章句が説くこと
取捨富強租税婦人切分
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