学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・虎狼相闘い食肉流血
顧みて日本の有様を見れば、ルーザひとたび世に出でてローマの旧教に敵対したりといえども、ローマの宗徒容易にこれに服するにあらず、旧教は虎のごとく新教は狼のごとく、虎狼相闘い食肉流血、ルーザの死後、宗教のために日本の人民を殺し日本の国財を費やし、師を起こし国を滅ぼしたるその禍は、筆もって記すべからず、口もって語るべからず、殺伐なるかな、野蛮の日本人は、衆生済度の教えをもって生霊を塗炭に陥れ、敵を愛するの宗旨によりて無辜の同類を屠り、今日に至りてその成跡如何を問えば、ルーザの新教はいまだ日本人民の半ばを化すること能わずと言えり。東西の宗教その趣を異にすることかくのごとし。余輩ここに疑いを容るること日すでに久しといえども、いまだその原因の確かなるものを得ず。
書き下し
顧みて日本の有様を見れば、ルーザひとたび世に出でてローマの旧教に敵対したりといえども、ローマの宗徒容易にこれに服するにあらず、旧教は虎のごとく新教は狼のごとく、虎狼相闘い食肉流血、ルーザの死後、宗教のために日本の人民を殺し日本の国財を費やし、師を起こし国を滅ぼしたるその禍は、筆もって記すべからず、口もって語るべからず、殺伐なるかな、野蛮の日本人は、衆生済度の教えをもって生霊を塗炭に陥れ、敵を愛するの宗旨によりて無辜の同類を屠り、今日に至りてその成跡如何を問えば、ルーザの新教はいまだ日本人民の半ばを化すること能わずと言えり。東西の宗教その趣を異にすることかくのごとし。余輩ここに疑いを容るること日すでに久しといえども、いまだその原因の確かなるものを得ず。
現代語訳
顧みて日本のありさまを見れば、ルターがひとたび世に出てローマの旧教に敵対したものの、ローマの信徒は容易にこれに服さず、旧教は虎のよう、新教は狼のようで、虎と狼が相闘って肉を食い血を流し、ルターの死後、宗教のために日本の人民を殺し日本の国財を費やし、軍を起こし国を滅ぼしたその禍いは、筆で記すことも口で語ることもできない。殺伐なことだ、野蛮な日本人は、人々を救う教えで生き物を塗炭の苦しみに陥れ、敵を愛する教えによって罪なき同類を屠り、今日に至ってその跡はどうかと問えば、ルターの新教はまだ日本人民の半ばも教化できていないという。東西の宗教はその趣をこれほど異にしている。私はここに疑いを抱いて久しいが、まだ確かな原因を得ていない、と。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・ただ後世博識家の確説を待つのみ竊に按ずるに日本の耶蘇教も西洋の仏法も、その性質は同一なれども、野蛮の国土に行なわるればおのずから殺伐の気を促し、文明の国に行なわるればおのずから温厚の風を存するによりて然るものか、あるいは東方の耶蘇教と西方の仏法とは、はじめよりその元素を異にするによりて然るものか、あるいは改革の始祖たる日本のルーザと西洋の親鸞上人とその徳義に優劣ありて然るものか、みだりに浅見をもって臆断すべからず。ただ後世博識家の確説を待つのみ」と。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・西洋に親鸞上人を生じ日本にマルチン・ルーザをこれらの箇条を枚挙すれば際限あることなし。今少しく高尚に進みて宗旨のことに及ばん。四百年前西洋に親鸞上人を生じ、日本にマルチン・ルーザを生じ、上人は西洋に行なわるる仏法を改革して浄土真宗を弘め、ルーザは日本のローマ宗教に敵してプロテスタントの教えを開きたることあらば、論者必ず評して言わん、「宗教の大趣意は衆生済度にありて人を殺すにあらず。いやしくもこの趣意を誤ればその余は見るに足らざるなり。西洋の親鸞上人はよくこの旨を体し、野に臥し、石を枕にし、千辛万苦、生涯の力を尽くしてついにその国の宗教を改革し、今日に至りては全国人民の大半を教化したり。その教化の広大なることかくのごとしといえども、上人の死後、その門徒なる者、宗教の事につき、あえて他宗の人を殺したることなくまた殺されたることもなきは、もっぱら宗徳をもって人を化したるものと言うべし。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・日本の人はあたかも盗賊と雑居するがごとし西洋人は家の内外に錠を用うること少なく、旅中に人足を雇うて荷物を持たしめ、その行李に慥かなる錠前なきものといえども常に物を盗まるることなく、あるいは大工、左官等のごとき職人に命じて普請を請け負わしむるに、約定書の密なるものを用いずして、後日に至り、その約定につき公事訴訟を起こすことまれなれども、日本人は家内の一室ごとに締りを設けて座右の手箱に至るまでも錠を卸し、普請請負いの約定書等には一字一句を争うて紙に記せども、なおかつ物を盗まれ、あるいは違約等の事につき、裁判所に訴うること多き風ならば、論者また歎息していわん。「ありがたきかな耶蘇の聖教、気の毒なるかなパガン外教の人民、日本の人はあたかも盗賊と雑居するがごとし、これをかの西洋諸国自由正直の風俗に比すれば万々同日の論にあらず、実に聖教の行なわるる国土こそ道に遺を拾わずと言うべけれ」と。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・疑いを容るべからざるの習慣に疑いを容るるローマ宗教の妄誕を疑いて教法に一面目を改めたる者はマルチン・ルーザなり。フランスの人民は貴族の跋扈に疑いを起こして騒乱の端を開き、アメリカの州民は英国の成法に疑いを容れて独立の功を成したり。今日においても、西洋の諸大家が日新の説を唱えて人を文明に導くものを見るに、その目的はただ古人の確定して駁すべからざるの論説を駁し、世上に普通にして疑いを容るべからざるの習慣に疑いを容るるにあるのみ。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・一身あたかも空虚なるがごとくにしてしからばすなわち今の改革者流が日本の旧習を厭うて西洋の事物を信ずるは、まったく軽信軽疑の譏を免るべきものと言うべからず。いわゆる旧を信ずるの信をもって新を信じ、西洋の文明を慕うのあまりに兼ねてその顰蹙朝寝の癖をも学ぶものと言うべし。なおはなはだしきはいまだ新の信ずべきものを探り得ずして早くすでに旧物を放却し、一身あたかも空虚なるがごとくにして安心立命の地位を失い、これがためついには発狂する者あるに至れり。憐れむべきにあらずや〔医師の話を聞くに、近来は神経病および発狂の病人多しという〕。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・ひたすら旧物を廃棄してただ新をこれ求むる東西の人民、風俗を別にし情意を異にし、数千百年の久しき、おのおのその国土に行なわれたる習慣は、たとい利害の明らかなるものといえども、とみにこれを彼に取りて是に移すべからず、いわんやその利害のいまだ詳らかならざるものにおいてをや。これを採用せんとするには千思万慮歳月を積み、ようやくその性質を明らかにして取捨を判断せざるべからず。しかるに近日世上の有様を見るに、いやしくも中人以上の改革者流、あるいは開化先生と称する輩は、口を開けば西洋文明の美を称し、一人これを唱うれば万人これに和し、およそ智識、道徳の教えより治国、経済、衣食住の細事に至るまでも、悉皆西洋の風を慕うてこれに倣わんとせざるものなし。あるいはいまだ西洋の事情につきその一斑をも知らざる者にても、ひたすら旧物を廃棄してただ新をこれ求むるもののごとし。