学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・疑いを容るべからざるの習慣に疑いを容るる
ローマ宗教の妄誕を疑いて教法に一面目を改めたる者はマルチン・ルーザなり。フランスの人民は貴族の跋扈に疑いを起こして騒乱の端を開き、アメリカの州民は英国の成法に疑いを容れて独立の功を成したり。今日においても、西洋の諸大家が日新の説を唱えて人を文明に導くものを見るに、その目的はただ古人の確定して駁すべからざるの論説を駁し、世上に普通にして疑いを容るべからざるの習慣に疑いを容るるにあるのみ。
書き下し
ローマ宗教の妄誕を疑いて教法に一面目を改めたる者はマルチン・ルーザなり。フランスの人民は貴族の跋扈に疑いを起こして騒乱の端を開き、アメリカの州民は英国の成法に疑いを容れて独立の功を成したり。今日においても、西洋の諸大家が日新の説を唱えて人を文明に導くものを見るに、その目的はただ古人の確定して駁すべからざるの論説を駁し、世上に普通にして疑いを容るべからざるの習慣に疑いを容るるにあるのみ。
現代語訳
ローマの宗教の妄説を疑って教えの面目を改めた者はマルティン・ルターです。フランスの人民は貴族の横暴に疑いを起こして騒乱の糸口を開き、アメリカの州民はイギリスの成法に疑いを差し挟んで独立の功を成しました。今日においても、西洋の諸大家が日々新しい説を唱えて人を文明に導くのを見ると、その目的はただ、古人が確定して論駁できないとされる論説を論駁し、世間に広く行きわたって疑いようがないとされる習慣に疑いを差し挟むことにあるだけです。
解説
疑いの実例が宗教と政治に広げられます。ルターの改革、フランス革命、アメリカ独立。いずれも既定のものを疑った結果です。そして現代の学者の仕事が定義されます。論駁できないとされる説を論駁し、疑いようがないとされる習慣に疑いを差し挟むこと。反論不能とされるものほど標的になる、という考え方で、学問の役割がここに集約されています。
この章句が説くこと
宗教革命独立定説標的
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・ただ後世博識家の確説を待つのみ竊に按ずるに日本の耶蘇教も西洋の仏法も、その性質は同一なれども、野蛮の国土に行なわるればおのずから殺伐の気を促し、文明の国に行なわるればおのずから温厚の風を存するによりて然るものか、あるいは東方の耶蘇教と西方の仏法とは、はじめよりその元素を異にするによりて然るものか、あるいは改革の始祖たる日本のルーザと西洋の親鸞上人とその徳義に優劣ありて然るものか、みだりに浅見をもって臆断すべからず。ただ後世博識家の確説を待つのみ」と。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・またこれを軽々疑うべからず然りといえども、事物の軽々信ずべからざることはたして是ならば、またこれを軽々疑うべからず。この信疑の際につき必ず取捨の明なかるべからず。けだし学問の要はこの明智を明らかにするにあるものならん。わが日本においても、開国以来とみに人心の趣を変じ、政府を改革し、貴族を倒し、学校を起こし、新聞局を開き、鉄道・電信・兵制・工業等、百般の事物一時に旧套を改めたるは、いずれもみな数千百年以来の習慣に疑いを容れ、これを変革せんことを試みて功を奏したるものと言うべし。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・西洋に親鸞上人を生じ日本にマルチン・ルーザをこれらの箇条を枚挙すれば際限あることなし。今少しく高尚に進みて宗旨のことに及ばん。四百年前西洋に親鸞上人を生じ、日本にマルチン・ルーザを生じ、上人は西洋に行なわるる仏法を改革して浄土真宗を弘め、ルーザは日本のローマ宗教に敵してプロテスタントの教えを開きたることあらば、論者必ず評して言わん、「宗教の大趣意は衆生済度にありて人を殺すにあらず。いやしくもこの趣意を誤ればその余は見るに足らざるなり。西洋の親鸞上人はよくこの旨を体し、野に臥し、石を枕にし、千辛万苦、生涯の力を尽くしてついにその国の宗教を改革し、今日に至りては全国人民の大半を教化したり。その教化の広大なることかくのごとしといえども、上人の死後、その門徒なる者、宗教の事につき、あえて他宗の人を殺したることなくまた殺されたることもなきは、もっぱら宗徳をもって人を化したるものと言うべし。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・疑いの路によりて真理の奥に達したる文明の進歩は、天地の間にある有形の物にても、無形の人事にても、その働きの趣を詮索して真実を発明するにあり。西洋諸国の人民が今日の文明に達したるその源を尋ぬれば、疑いの一点より出でざるものなし。ガリレオが天文の旧説を疑いて地動を発明し、ガルハニが蟆の脚の搐搦するを疑いて動物のエレキを発明し、ニュートンが林檎の落つるを見て重力の理に疑いを起こし、ワットが鉄瓶の湯気を弄んで蒸気の働きに疑いを生じたるがごとく、いずれもみな疑いの路によりて真理の奥に達したるものと言うべし。格物窮理の域を去りて、顧みて人事進歩の有様を見るもまたかくのごとし。売奴法の当否を疑いて天下後世に惨毒の源を絶えたる者は、トーマス・クラレクソンなり。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・虎狼相闘い食肉流血顧みて日本の有様を見れば、ルーザひとたび世に出でてローマの旧教に敵対したりといえども、ローマの宗徒容易にこれに服するにあらず、旧教は虎のごとく新教は狼のごとく、虎狼相闘い食肉流血、ルーザの死後、宗教のために日本の人民を殺し日本の国財を費やし、師を起こし国を滅ぼしたるその禍は、筆もって記すべからず、口もって語るべからず、殺伐なるかな、野蛮の日本人は、衆生済度の教えをもって生霊を塗炭に陥れ、敵を愛するの宗旨によりて無辜の同類を屠り、今日に至りてその成跡如何を問えば、ルーザの新教はいまだ日本人民の半ばを化すること能わずと言えり。東西の宗教その趣を異にすることかくのごとし。余輩ここに疑いを容るること日すでに久しといえども、いまだその原因の確かなるものを得ず。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・昨日の所信は今日の疑団となり然りしこうして今この責めに任ずる者は、他なし、ただ一種わが党の学者あるのみ。学者勉めざるべからず。けだしこれを思うはこれを学ぶに若かず。幾多の書を読み、幾多の事物に接し、虚心平気、活眼を開き、もって真実のあるところを求めなば、信疑たちまちところを異にして、昨日の所信は今日の疑団となり、今日の所疑は明日氷解することもあらん。学者勉めざるべからざるなり。