学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・先生の夜話に耽りて朝寝するの癖をも
譬えばここに一少年あらん。学者先生に接してこれに心酔し、その風に倣わんとしてにわかに心事を改め、書籍を買い、文房の具を求めて、日夜机に倚りて勉強するはもとより咎むべきにあらず。これを美事と言うべし。然りといえどもこの少年が先生の風を擬するのあまりに、先生の夜話に耽りて朝寝するの癖をも学び得て、ついに身体の健康を害することあらば、これを智者と言うべきか。けだしこの少年は先生を見て十全の学者と認め、その行状の得失を察せずして悉皆これに倣わんとし、もってこの不幸に陥りたるものなり。
書き下し
譬えばここに一少年あらん。学者先生に接してこれに心酔し、その風に倣わんとしてにわかに心事を改め、書籍を買い、文房の具を求めて、日夜机に倚りて勉強するはもとより咎むべきにあらず。これを美事と言うべし。然りといえどもこの少年が先生の風を擬するのあまりに、先生の夜話に耽りて朝寝するの癖をも学び得て、ついに身体の健康を害することあらば、これを智者と言うべきか。けだしこの少年は先生を見て十全の学者と認め、その行状の得失を察せずして悉皆これに倣わんとし、もってこの不幸に陥りたるものなり。
現代語訳
たとえばここに一人の少年がいるとします。学者の先生に接してこれに心酔し、その風に倣おうとして急に心持ちを改め、書籍を買い、文房具を求めて、日夜机に向かって勉強するのは、もとより咎めるべきではありません。これを立派な事と言うべきです。しかしこの少年が先生の風を真似るあまり、先生が夜更けに話し込んで朝寝をする癖まで学び取り、ついに体の健康を害することがあれば、これを智者と言えるでしょうか。思うにこの少年は先生を見て完全な学者と認め、その行いの得失を見分けずにすべて倣おうとして、この不幸に陥ったのです。
解説
全体を丸ごと真似ることの危うさが、身近な例で示されます。学者に心酔して勉強を始めるのは良いが、先生の朝寝まで真似て体を壊すなら智恵がない、と。原因は、先生を完全な存在と見て得失を見分けなかったことにあります。人を尊敬することと、その全部を採ることは別だという区別で、前段の西洋の話がそのまま個人の話に縮められています。
この章句が説くこと
心酔模倣全部見分け弊害
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