学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・逆風に向かいて舟を行るがごとし
異説争論の際に事物の真理を求むるは、なお逆風に向かいて舟を行るがごとし。その舟路を右にし、またこれを左にし、浪に激し風に逆らい、数十百里の海を経過するも、その直達の路を計れば、進むことわずかに三、五里に過ぎず。航海にはしばしば順風の便ありといえども、人事においてはけっしてこれなし。人事の進歩して真理に達するの路は、ただ異説争論の際に間切るの一法あるのみ。しこうしてその説論の生ずる源は疑いの一点にありて存するものなり。「疑いの世界に真理多し」とはけだしこの謂なり。
書き下し
異説争論の際に事物の真理を求むるは、なお逆風に向かいて舟を行るがごとし。その舟路を右にし、またこれを左にし、浪に激し風に逆らい、数十百里の海を経過するも、その直達の路を計れば、進むことわずかに三、五里に過ぎず。航海にはしばしば順風の便ありといえども、人事においてはけっしてこれなし。人事の進歩して真理に達するの路は、ただ異説争論の際に間切るの一法あるのみ。しこうしてその説論の生ずる源は疑いの一点にありて存するものなり。「疑いの世界に真理多し」とはけだしこの謂なり。
現代語訳
異説と争論の中で事物の真理を求めるのは、逆風に向かって舟を進めるようなものです。その航路を右にし、また左にし、波に激され風に逆らい、数十里百里の海を経ても、その直進の距離を計ればわずか三里五里に過ぎません。航海にはしばしば順風の便がありますが、人の事には決してそれがありません。人の事が進歩して真理に達する道は、ただ異説と争論の中で間切るという一つの方法があるだけです。そしてその議論が生まれる源は疑いの一点にあるのです。ですから疑いの世界に真理が多いとは、思うにこのことを言うのです。
解説
真理に近づく過程が、逆風の航海にたとえられます。右に左に切り返して百里を走っても、前に進んだのは三里五里。この遅さが正直に描かれているのが特徴です。そして人の事には順風がないと言い切られる。楽に進む道はなく、間切り続けるしかありません。議論が堂々巡りに見えても、それが唯一の前進の形だという励ましにもなっている一段です。
この章句が説くこと
逆風間切り遅さ議論前進
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