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学問のすゝめ / 十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・疑いの路によりて真理の奥に達したる

文明の進歩は、天地の間にある有形の物にても、無形の人事にても、その働きの趣を詮索して真実を発明するにあり。西洋諸国の人民が今日の文明に達したるその源を尋ぬれば、疑いの一点より出でざるものなし。ガリレオが天文の旧説を疑いて地動を発明し、ガルハニが蟆の脚の搐搦するを疑いて動物のエレキを発明し、ニュートンが林檎の落つるを見て重力の理に疑いを起こし、ワットが鉄瓶の湯気を弄んで蒸気の働きに疑いを生じたるがごとく、いずれもみな疑いの路によりて真理の奥に達したるものと言うべし。格物窮理の域を去りて、顧みて人事進歩の有様を見るもまたかくのごとし。売奴法の当否を疑いて天下後世に惨毒の源を絶えたる者は、トーマス・クラレクソンなり。

書き下し

文明の進歩は、天地の間にある有形の物にても、無形の人事にても、その働きの趣を詮索して真実を発明するにあり。西洋諸国の人民が今日の文明に達したるその源を尋ぬれば、疑いの一点より出でざるものなし。ガリレオが天文の旧説を疑いて地動を発明し、ガルハニが蟆の脚の搐搦するを疑いて動物のエレキを発明し、ニュートンが林檎の落つるを見て重力の理に疑いを起こし、ワットが鉄瓶の湯気を弄んで蒸気の働きに疑いを生じたるがごとく、いずれもみな疑いの路によりて真理の奥に達したるものと言うべし。格物窮理の域を去りて、顧みて人事進歩の有様を見るもまたかくのごとし。売奴法の当否を疑いて天下後世に惨毒の源を絶えたる者は、トーマス・クラレクソンなり。

現代語訳

文明の進歩は、天地の間にある形のある物でも、形のない人の事でも、その働きの趣を詮索して真実を見出すことにあります。西洋諸国の人民が今日の文明に達したその源を尋ねれば、疑いの一点から出ないものはありません。ガリレオが天文の古い説を疑って地動を発見し、ガルバニが蛙の脚が引きつるのを疑って動物の電気を発見し、ニュートンが林檎の落ちるのを見て重力の理に疑いを起こし、ワットが鉄瓶の湯気をいじって蒸気の働きに疑いを生じたように、いずれもみな疑いの道によって真理の奥に達したものと言うべきです。物の理を究める領域を離れて、人の事の進歩のありさまを見るのもまた同じです。奴隷売買の法の是非を疑って、天下後世に惨い害の源を絶った者はトマス・クラークソンです。

解説

疑いが文明の源だと主張され、四人の名が挙げられます。ガリレオ、ガルバニ、ニュートン、ワット。いずれも誰もが見過ごしていたものに引っかかった例です。蛙の脚や鉄瓶の湯気といった卑近な題材が並ぶのが効果的で、疑いは特別な場所ではなく日常の中で起きると分かります。そして自然科学から人の事へ話が移り、奴隷制の廃止が同じ疑いの成果として示されます。

この章句が説くこと

疑い発見科学日常奴隷制

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